Sinnò me moro

Amore, amore, amore, amore mio, In braccio a te, me scordo ogni dolore! Vojo resta co'te, sinnò me moro, Vojo resta co'te, sinnò me moro, Vojo resta co'te, sinnò me moro…  Nun piagne amore

Sinno me moro(Un maledetto imbroglio 刑事)

自己紹介 成田悦子毎日少しずつ主に英文学の過去の小説を紹介しています。私の遣り方は原文をそのまま生かし、イギリス人、イギリスという国そのものの文字を通した姿を過去に遡って見せ、貴方同様私が学ぶ

自分の写真
暑いし, リチウム電池入りロボ県内, Japan
GooNTTレゾナントは私のブログを4つ非表示にし、「詩を全部削除しろ」と詩人である私に言っています。

Gooは猥褻サイトの記事は問題がないと言います。私の住所・氏名・電話番号まで書き込んで「きちがい、前科三犯」と書くサイトの規約違反を指摘しても、「貴方は一体どうしたいのですか?」と言います。削除して欲しいに決まっています。そんなことも分からないのに、「鳥居正宏」という偽名の社民党員の要請で四つのブログを非表示にしています。私は「鳥居正宏」の中傷記事を書いたことは一度も無く、中傷されたコメントを載せたことが一度あっただけです。しかしそのコメントは、社民党と自公政権が不正に侵入して直ぐに削除して非表示の要請があった時にはありませんでした。あれから20数年Gooも消えます。私が消えていないことはいい兆し。正義は私の下にある。当面翻訳中心の生活です。

成田悦子翻訳小説.orgで翻訳中 「Youth 」Joseph Conrad, The Grapes of Wrath Jhon Steinbeck

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ブログ 成田悦子翻訳小説.org Youth Joseph Conrad, The Grapes of Wrath Jhon Steinbeck

ブログ アーカイブ

2024年2月29日木曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 それらは僕がワーズワースの友人として触れたことがある僕の同名の人によって僕の父に遺言で残された古風な学者の蔵書から成っていた、しかし彼はフェリシア・へマンズと遥かに思いやりのある友情を交わした;これに僕の父自身の本の所蔵を加えられた、アングロ・アイリシュ文学のための特別な戸棚の中はほとんど詩;
僕の母によって寄贈された祈りの著書;教育の本は内閣の学校でそれらを使うことを勧めたいという願いで出版社によって僕の父に送って来た;それに小説と冒険本は僕の兄や姉によって家の中に持ち込まれた。僕の母は、その命を人の奉仕のために捧げる発明家や医者、また木のてっぺんへと奮闘する貧しい少年達、そして彼ら自身の模範を作った成人のような男達の物語を僕達によく話して聞かせた、彼が一般大衆に公開した実に美しい庭を持つ高王の寓話もまた。二人の学生が入って来た;そこで一人は、僕の母は彼女の声にわずかな嘲(あざけ)りを持たせて彼について話した、チューリプ‐苗床にさえ時折雑草を見つけた;ところがもう一人は(そしてここで彼女はがらっと明るくなった)ごみの山の上にさえ美しい花を見つけた。
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2024年2月28日水曜日

Goog- bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

  彼女は心配して僕達の読み物を検閲した。僕はたとえ立派な人でなくても、少なくとも善良な人になるよう定められた、僕達の楽しみは教育的か美的かだった:キュー王立植物園、ハムプタン・コートゥ、動物園、大英博物館か国立歴史博物館へ。僕は僕の母が大英博物館の宝物部屋で、僕達にこれらの素晴らしい物は皆私達の物だったのよと晴れやかな眼差しで僕達に話していたのを覚えている。僕達はびっくりして彼女を見た。彼女は言った:「そうよそれらは一般大衆の一員としての私達の物よ。私達は私達が好きである限り、それらを褒めることが、それにそれらを学ぶことができる。もし私達がそれらを家に持ち帰っても、私達はよりよくすることはできない、その上、それらは盗まれるかも知れない。」
 僕達は多くの子供達がそうするよりもっと本を読んだ。そこには全部で4、5千冊の本がその建物の中にあるに違いいなかった。
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2024年2月27日火曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

Ⅴ 

僕は僕の生活のかなりの部分をウイムブルダンで送った。僕達はその家、公有地に近い大きな一軒を処分しなかった、終戦後しばらくは;未だに僕はそこで起こった重大なことのほとんど、それどころか何一つ思い出せない。しかし11か12歳の後、僕は何時も寄宿学校にいて、その田舎町で夏の休日を過ごした、そう僕はクリスマスや他の休日の始まりと終わりに1日か2日だけウイムブルダンを見た。ランダン(ロンドン)は離れた所にあった、しかし僕はめったのそこへ行かなかった。僕達は劇場に連れて行かれたことが一度もなかった、パンタマイム(パントマイム)にさえ。そして戦争の最中までに僕は僕の人生でまさしく二度劇場に行った、それでその時は叔母の好意で単なる子供達の劇に。僕の母は真面目になるように、何らかの実際的な道で人のためになるように僕達を育てた、しかしその卑劣さ陰謀と淫らさのどんな暗示も僕達に許さなかった、その純粋さを信じることはそれらに対する最も確かな防護になるだろう。
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2024年2月26日月曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

どんな家庭内のことでも最後の決断は何時も僕の父次第だった。僕の母は言ったものだ;「二人一緒に乗馬をすれば、一人は後ろに乗るしかないのよ。」僕達子供は上手にジャーマン(ドイツ語)を話さなかった;僕達の性や少数に当たる部分は振れ易く、僕達はゴスイック文字も筆記体文字も読みたくて学んだことはなった。それでも僕達はジャーマン(ドイツ人)の意識はかなり根強く、僕はフレンチ(フランス語)よりジャーマン(ドイツ語)がはるかによく分かると思う、僕がイングリシュを読めるのとほとんど同じ速さでフレンチを読めはするが、ジャーマンだけは非常に苦労が多くゆっくりと辞書の助けを借りる。僕はその二つの言語に対して僕の心の違う部分を使う。もし僕にずっと今後ともそれを話す理由がなければ、フレンチはいとも簡単に忘れられる上辺だけの習得だ。
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2024年2月25日日曜日

Godd-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

  ロウクビ・スクールの校長、彼は僕の運動靴を忘れたために僕を閉じ込めた、ジャーマン(ドイツ)文化を愛し、学校に関するこの思いを心に留めさせた、つまり僕がジャーマンを話せてジャーマニーを訪れたことがあるという僕の名誉にそれは立ちはだかるかの如く。僕の他の予備スクールではこのジャーマンとの結びつきは少なくとも何かしら許され、それにおそらく興味深くさえ思われた。ただカルトジオ会修道院だけは、それはフェンス越しの社会として位置づけようとした。14歳からの僕の歴史はカルトゥジオ会修道院に行った時、終戦の直前、僕が僕自身のために考え始めた時、僕の中にジャーマン人についての強いられた拒絶がある。僕は何時も憤慨してアイリシュ(アイルランドゥ)だと言い張り、父の計算づくの民族意識だという専門的な指摘に、僕なりの自己擁護の立場を取った。もちろん僕もまた事あるごとに完全な家長制度を容認した、女を上回る男の当然の優位を確信させた。僕の母は「愛、名誉、そして服従を」文字通り契約書を受け容れた;僕の姉妹らは男の子達を彼女自身で求めるように育てられ、女の参政権という考えには驚かされた、それに随分高額だから彼女達の兄弟同様の教育を期待することはなかった。 
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2024年2月24日土曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

ミュニック(ミュンヘン)、僕達が不気味だと気付いたービアと煙草の煙の嫌な臭気、それにレスタラントの食事中の一心不乱の音;路面電車や汽車内の暑いほど装った、異常に膨れ上がった人の数;凶暴な役人達。そこに、子供達が訪れることを許されなかった、脅えさせるだけの遺体安置所。死んだどんな名士も遺体安置所に連れて行かれた、彼らは僕達に告げた、予(あらかじ)め椅子に収めて、一両日の間、威厳を持って座っているように。もし軍司令官、彼が彼の軍服を身に着けていたら;或いは市長の妻、彼女が彼女のシルクと宝石を身に付けていたら。糸は彼らの指に結ばれ、たった一本の糸のほんの僅かな動きで大きなベルの音を鳴らすだろう、もしも全ての後、死体に少しでも生命が残っていたら。僕は一度もこれの真実を確かめたことがなかった、しかしそれは僕にとっては十分真実だった。僕の祖父が死んだ時、およそ一年後、僕達の最後の訪問、僕は遺体安置所で彼を写真に写した、彼のもじゃもじゃの白髪、彼のモーニング・コウトゥ、彼のストゥライプのズボン、彼のシルクハトゥ、手袋、それに彼の傍らのテイブルの上の杖を。してみる、夜夢の中で、生きていることに;しかし彼は死んだと思い知るばかり。
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2024年2月23日金曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

片隅に出入り口によって塞がれた暗い穴があった:家から荒廃した修道院への秘密の通路、一マイル離れたーそう僕達は教えられた。僕の叔父達は一度ちょっとだけ下ってみた、しかし空気が悪くなって、彼らは引き返した;出入口は他の者達がそれを試して彼らの意識を失わないようにするために上げたままにした。そう思うのなら来てみなさい、彼らは多分僕達をからかっていた、そしてその穴はgarde-robeの底に導いたーそれは中世の地下収納庫にふさわしい洗練された名称だ。
 僕達が僕の祖父と一緒に車で外出すると、僕達が通過するそれぞれの村の主だった名士達によって彼は「こんにちわ、教授!」喝采と共に迎えられた。それは何時も九柱戯のレーンやバヴァリアンの国の色、青や白のある床屋のポウルのように紐で縛られた背の高いメイポウルのある大きな酒場にあった。林檎や梨の木々がどの道にも並んでいた。こうした保護されていない公の果樹の考えは僕達を驚かせた。僕達には何故どの果物もそこに残っているのか理解できなかった。ウイムブルダン公用地では馬の‐栗の木でさえ棒切れや石で叩き落された、栗の木は熟すずっと前に、精力的な公用地の番人を無視して。
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2024年2月22日木曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

農園労働者は興奮して野性的になった;彼らの内の一人は彼の親指で魚の内臓を取り、それを生で食べた。僕はまた鉄道の駅の間の屋根のない貨車の列を思い出す、2マイル向こう、と煉瓦作業場。その地域は工場と駅の間に100につき多分1の落差があったから、イタリアンらは何時も煉瓦と一緒に貨車に乗り込んだ;彼らの内の選抜隊は懸命な一押しをして20ないし30ヤードゥの間、押しながら貨車と一緒に走った;その後、貨車は皆から離れて滑るように進み、ひとりでに駅へと下った。
 僕達は莫大な干し草の納屋の樽木に登って、弾力のある干し草の中に飛び降りることが許されていた;僕達はジャムプの高さをだんだん上げて行った。空中で僕達の内側が僕達より後に残ったと感じる、それはワクワクすることだった。一度僕達はラフツアン地下貯蔵室、通常のビア地下貯蔵室ではなく、他のものは中庭からその中に下りた、それにしても小さく細長い窓を除いて真っ暗。ジャガイモの大きな山が床の上に横たわった;光に向かってそれは長く白い触角の捻じれた集まりを出した。
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2024年2月21日水曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

彼らは家における召し使いより更に低く位置した、イタリアン居住地向けとして、家から半マイルに定住した、僕の祖父は彼の煉瓦工場用労働力として彼らを輸入して来たー僕達はその歌「森のジプシ」を念頭に彼らと付き合った。僕の祖父は或る日工場中を案内し、イタリアンポレンタの一欠片を僕に味見させた。僕の母は後に僕達に話したーウイムブルダンのミルクプディングが焼かれてテイブルに来るや否や、満を持して僕達は不平を言ったー「貴方のお爺様の煉瓦作業場のあの貧しいイタリアの人達はあの人たちのポレンタを何があっても焼くのよ、時々、本気で味の変化を探したりしてね。」
 ラフツアンの農場の建物の向こうに大きな池が横たわっていた、アイアリス(アイリス)と溢れんばかりの鯉で縁取っていた;僕の叔父達は3、4年毎にそれを網打ちした。嘗て、僕達はワクワクして見守った、そんな時、僕達は浅瀬の一角にもっと近くもっと近くへと手繰り寄せられる網を見ては叫んだ。のたくる鯉やその間で転げ回る大きな川鱒(ます)共々それは膨れ上がった。僕は手伝おうとして強引に割って入った、すると6匹のヒルが現れた、黒いゴム管のような、僕の足に吸い付いた;塩がその尾状の物の上に掛けられるしかなかった、それがやってしまおうとする前に。
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2024年2月20日火曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 そしてここの上に僕の従兄ウイルヘルムー後に僕の学校‐仲間によって空中戦で撃ち落とされたーはエア‐ガンで何時間も鼠(ねずみ)を狙い撃つと何時も嘘をついた。
 バヴァリアン(バイエルン)の食べ物は僕達が何時もイングランドゥへの僕達の帰還を忘れるほど豊かさと香ばしさがあった。僕達はライ麦パンを、濃い松の蜜、ラズべリ‐ジュースと一緒に作った巨大なアイス‐クリームのプディング、雪のおかげで氷の‐家での冬季間保存した僕の祖父の鹿肉、蜂蜜ケイク、ペイストゥリ、そして特に様々なマシュルームの種類がいっぱいのソースを愛した。プレツル、砂糖煮の人参、クランべりとブルーべりの夏のプディング。果樹園、家の近くの、で僕達は僕達が好きなだけ林檎、梨、それにグリーンゲイジ(西洋スモモ)をいっぱい食べてもよかった。庭の茂み、そこには更に列をなした黒スグリやグースベリがあった。その所有地は僕の祖父の保有権が最も新しいにもかかわらず、彼の自由主義、それに近代農法における彼の試みは、封建的なままだった。その貧しく汗まみれで野蛮な見かけをした農園使用人、彼らは僕達が理解の及ばない訛りを口にしては僕達を驚かせた。
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2024年2月19日月曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

それは金かも知れない;封印された瓶の中のトウモロコシの蓄えによく似て、或いは或る種の武器ーグリーク(ギリシャ)火薬、おそらく。僕がオウフセスの者や彼らの執事について知っていることから、その容器は嘗て彼らの骨董の中のよりましな
ものを持って来た、そこは想像を絶する。霊は城を歩いた、「赤い騎士」として知られた元男爵の霊、彼の恐ろし気な肖像画が、僕達のベドゥルームに導く小塔梯子(はしご)段を上る途中にずらっと掛けてあった。僕達はフェザ‐ベドゥに僕達の人生で初めて眠った。
 ラフツァン、僕の祖父が買って破滅した状況から復活させた、はオウフセスの持つ伝統には肩を並べることはできなかった。そこは、暫(しば)しバヴァリアン(バイエルン)国王の狩猟用山荘ではあったが。今なお二つの霊はその場所と共に歩んだ;農園の労働者達は頻繁に彼らを見かけた。その内の一つは、馬なしで猛然と漕いでやって来る乗り物だった、自動車の時代の前、真近に迫る恐怖を広めた。子供の頃から晩さん会のホールに出かけもしないで、その実寸を思い出すにしてもそれは難しいと僕は気付く。それは大聖堂と同じ大きさのような気がした。ステインドゥグラスの家紋の窓があり、剥き出しの床板がテイブルと椅子の小さな島々のある四隅に備え付けられているだけ;燕(つばめ)が天井の側面に沿ってずっと巣の列を築き上げて来た。
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2024年2月18日日曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

  彼らは僕達に野生のロウズ‐ベリで作ったジャムまで出してくれた。それを彼らは「ヘッチ‐ぺチュ」と呼び、僕達に、狭く、厚い壁で囲まれ、のろ(石灰塗料)を塗った要塞のてっぺんの部屋の中の鉄の容器を見せたー巨大な容器、ドアの2倍の大きさで、明らかに部屋の中で作られた、それは矢の細長い穴の他には一つの窓もなかった。それは二つの鍵を持ち、12-或いは13世紀の仕事に違いなかった。城がこれ以上ないほど極度な危険に陥らなければ、それは解放されるべきではないと伝統は判定を下した。男爵は一つの鍵を用いた;彼の執事とその他の者。その容器は両方の鍵を使うことによってのみ開けられるはずだった、が誰一人内側に何が置いてあるのか知らなかった;推測すること、それは縁起でもないと見做された。もちろん僕達は推測した。それは金かも知れなかった;封印された瓶の中のトウモロコシの蓄えにもっとよく似ている、或いは或る種の武器ーグリーク(ギリシャ)火薬、おそらく。
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2024年2月17日土曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

  叔父ジークフリードゥは独特なヒューマ(ユーモア)のセンスを持っていた。或る日僕達子供は庭の小径で小石を食べている彼を見かけた。彼はあっちへ行けと僕達に言ったが、もちろん僕達はそのままじっとしていた、腰を下ろして同じように試しに小石を食べてみた;子供達は小石を食べるもんじゃないと実に真面目にひたすら諭されるだけだった:僕達は僕達の歯を折ってしまう。一つ二つ試した後、僕達は同じ意見になった;つまり彼は残りは皆まるで同じように見える小石を僕達めいめいに見つかったのだ、がそれは簡単に潰れて真ん中にチョコリトゥがあった。これでは、僕達が行ってしまうと彼のつまみ食いとぼりぽり噛むのを見逃すことになる。僕達は戻ると、日が暮れても、僕達は探しに探した、それなのにただ普通の堅い小石だけしか見つからなかった。彼は一度も冗談で僕達をへこませようとはしなくなった。
 城の宝物の中には作るのに2年を要す赤ちゃんのレイスのカプがあった;それにワイングラス、僕の叔父の年老いた父親がフランコ‐プラシアンの戦いで見つけたそれは、すっかり破壊されたフランスの村の広場の中央に真っ直ぐに立っていた。
 夕食には、僕達がそこに行くと、僕達は相当大きな鱒(ます)を食べた。僕の父、経験を積んだ釣り人は、それは何処からやって来たのかと驚いて尋ねた。彼は、地下の流れが城の近くで溢れて、出て来た魚は、それはそれは真っ白くて馬鹿でかいサイズで、おまけに全盲だったと説明した。
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2024年2月16日金曜日

Good-bye to All That Robert graves 成田悦子訳

僕達は2、3マイル離れた孔雀農園を営む叔父達をよく訪ねた;そして大‐叔父、ヨハネス・フオン・ランケ、民俗学者、彼はティーガンズィーの湖岸に住んでいた、そこでは誰もが金鳳花(きんぽうげ)のブランドゥ(ブロンド)の髪を持つ;そして時折り、僕の叔母、オウフセス城の、アグネス、オウフセス男爵夫人は、汽車で何時間も離れた、バヴァリアン(バイエルン)・アルプス高く上った。
 オウフセスは、19世紀に建った、随分遠くに位置するので、それは奪われずに済んだ、何れにせよオウフセスの資産を以来ずっと留めた。その独創的な建造物へと、途中まで上るたった一つの梯子の入り口を持つ要塞、中世の城は書き足されていった。皿や甲冑といった宝物には驚くばかりだった。僕の叔父ジークフリードゥは僕達子供に礼拝堂を見せた;その壁はそれぞれオウフセス男爵のイナメル(エナメル)で塗った盾で飾ってあった、彼が結婚した高潔な家族の武器でそれを串刺しにした。彼は床の石の方を指さした、それは輪によって止めてあり、そこで言った:「それは彼らが死ぬ時オウフセスの者皆が行く所、一族の埋葬室だ。僕は何時かそこに寝るだろう。」彼は喜劇的に睨みつけた。(しかし彼は戦争中に殺された帝国ジャーマン(ドイツ)参謀の将校としてまた、僕は信じる、彼らは彼の死体を探さなかった。)
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2024年2月15日木曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳


僕の母は僕達をジャーマニ(ドイツ)の祖父の家に僕の2番目と12番目の年の間に5回滞在するために、外国へ連れて行った。やがて彼は死んだ、そして僕達は二度と行くことはなかった。ダイスンホウフンに大きく古い領主の屋敷を所有した;ミュニック(ミュンヘン)から10マイル、名「ラフツァン」による、それは「立ち去れ、怒りよ!」を意味する。僕達の夏、そこには僕の性急な少年時代の最高の出来事が楽々とそのままあった。松林や暑い日の光、赤毛の鹿、黒と赤のリス一面のブルーべりや野イチゴ;9、10の食用マシュルームの異種、それを僕達は森の中に摘みに行った、野の見慣れない花ーミュニックが高く横たわるーそしてここかしこに生じる高山植物の露出;羊以外のあらゆる役に立つ動物のいる農園;僕の祖父のグレイの髪の後ろで、茂みの田園地帯を抜けて車で行く;そして滝の下のイザ川で水浴びをした。イザ川は緑色に輝き、イウアラプ(ヨーロッパ)の最も速い流れだそうだ。  
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2024年2月14日水曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 そこで僕はクリキトゥ(クリケット)で真っ直ぐなバトゥ(バット)を持ち続けること、高い道徳観念を持つことを学んだ;5番目の間違ったラトゥン(ラテン語)の発音の間違いを、それに僕の簡単な計算をする5番目か6番目の方法を習得した。そうしたことは僕をタプ(トップ)クラスにし、僕は奨学金を貰ったー実際に。僕はその年の最初の奨学金を獲得した。カルトゥシオ会修道院で。また何故カルトゥシオ会修道院なのか?・・・と・・・の理由で。カルトゥシオ会修道院は唯一の公立学校で、その奨学金試験はグリーク(ギリシャ語)の文法試験問題を含まず、初見のグリークやグリーク作文で十分手厳しいものの、僕は・・・と・・・を月並みに活用できなかった。しかしこれらの二つの動詞に向かって、僕はほぼ確実にウィンチェスタの実に特異な雰囲気に消え入りそうだった。
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2024年2月13日火曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

彼はカプソーネで5、6年過ごしたー11人で試合をしたー公立学校で最高位の奨学金を手にした、運動競技の栄誉で上席の男子になった、オクスフォードゥで奨学金を勝ち取り、更なる運動競技の栄誉をーそして立派な学位をーそしてそれから、彼はどうしたのか?謂わば彼はこれほど典型的に優秀で、正常な人間だったのだ、彼は当然のように教師として彼の懐かしい、型通り優秀な予備学校に舞い戻り、彼はそこに何年かいて、変化を要する今、彼は彼の懐かしい公立学校で教師の職を申請している。もし彼がそれを得て2、3年後舎監になれば、彼は遂に、僕が想像するに、校長になり、何れオクスフォードゥでなじみの大学の頭として次のステプを獲得するだろう。それは、昔のままの典型的に優秀な予備スクールの類だ。
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2024年2月12日月曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

休日から学校への帰還に関しては、家‐そのものから学校‐そのものまでの変化‐あらん限りの、は一瞬の内だ、ところが逆の過程は少なくとも2週間を要す。予備学校生は、彼の監視を逃れた時、彼の母を「どうか寮母、」と呼びかけ、何時も主人のように「サー」としてどんな男の親戚にも、或いは家族の友人にも声をかける。僕は決まってそうした。学校生活が現実のもので家庭生活は幻と化す。イングランドゥでは、統治階級の両親らは、事実上およそ8歳くらいからあらゆる彼らの子供達との肉体的接触を保てなくなる、そして学校生活の中で家庭的感情を仄めかす彼らの側のどんな試みも怒りを買う。
 次に、僕はカプソーネヘ向かった、サセクスの典型的に優秀な学校。その校長は僕の年齢で僕を認めることを渋った、よりにもよって、あんなひどい最近の経緯(いきさつ)のある学校から来たんだもの。如何に一家の文学的結託が策略を講じるか、校長は、仮に彼が僕を困らせたところで、僕は奨学金を勝ち取り得ると見た。僕の気落ちした様子は、僕が着いたその瞬間を締めくくった。僕のずっと年下の弟チャールズはこの学校まで僕の後をついて来た、ウイムブルダンの全日制の学校から連れ去られるように;そして、その後、僕の最も年下の弟ジョンは家から直接そこに通った。その学校がどれだけ立派で型に嵌っていたかは、ジョンのケイスに垣間見(かいまみ)えるはずだ。誂(あつら)え向きの善行、僕が言う通りの、正常な人間、彼は家庭からそこに直接通った。
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2024年2月11日日曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

ラシュ氏は非常に体重の重い人だった、彼は何時も机に向かって立った、それが直角に曲がるまで彼の親指に寄りかかっていた。学校を引き継いだ2週間後、彼は彼の不注意で汽車から転落した、そしてそれが彼の最期だった;しかし学校は未だ生存中にしているように思えた。僕は時折り追悼の飾り窓やミニチュアライフル射撃場などのために同窓生基金に寄付するよう頼まれる。
 僕はここで先ず第一にラガ(ラグビー)を習った。この学校で何が僕を最も驚かせたか、せいぜい12の男子が、彼の父と母はインディア(インド)にいた、彼らは突然カララ(コレラ)で二人共死んだということを外電によって聞いた時のことだった。僕達は揃って何週間後も同情して彼を見守った、深い悲しみが消えることを、或いは顔に黒みが差すことを、或いは何かその場合に合ったことをするよう彼に期待しながら。未だに彼は動揺していないように思えた、彼はそのことを自覚していないように見えた、そして原因があるとしたら誰もが彼と敢えて悲劇を話し合おうとはしなかったからーらしく振舞ってみたり、彼が以前して来たまさにその通り悪ふざけをするだけで。僕達はそれは寧ろ醜悪と気付いた。しかし彼は彼の両親に2年間会わなかった;予備学校生は家庭生活から完全に分離された一つの世界に住む。彼らは異なる語彙、異なる倫理システム、異なる声さえ持つ。
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2024年2月10日土曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 イングリシュ予備や公立学校ロウマンスは必然的に同性愛的だ。反対側の性は侮(あなど)られ、何かしら淫らなものと見做した。多くの男子は未だこの倒錯から引き返さない。同性愛的に生まれた人皆のために、少なくとも10の永続的な疑似的‐同性愛者らは公立学校のシステムで作られる:これらの10の内の9は見事に純潔で感じ易かった、僕がそうであったように。
 僕はウイムブルダンの通学制の学校を退めた、何故なら僕の父が勉強の基準が公立学校の奨学金を貰うに足りるほどのレベルではないと判断を下したから。彼は僕をラグビで他の予備スクールに送った、そこの校長の妻はたまたま古くからの文学仲間の姉妹に当たった。僕はそこが好きではなかった。そこには何人かの年長の男子がどうした訳か気味の悪い秘密を分け合う校長についての秘密があった。誰も今まで僕をその中に入れる者はいなかったが、彼は或る日教室に泣きながら入って来て彼の握り拳でその頭を叩きながら、そして呻きながら:「神の前で私はあんな事をしようなんて気はなかった!神の前で私はあんな事をしようなんて気はなかった!」僕の父は僕を突然遠くへ連れて行った、一週間後。その校長は、国を出るのに24時間与えられた、2番目の精通者によって後が継がれたー善良な人物、彼はなしで済まされないあらゆる句を排除することによってイングリシュをどう書くかを、どこでも可能であれば形容詞の代わりに動詞や名詞を使うことを教えた。それに新しい段落を何時始めるべきかや、「O」と「Oh」の違いを心得ることを。
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2024年2月9日金曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 僕の人生のこの部分からの別のぎょっとするような経験。僕は嘗て僕の姉妹を学校のお手洗いで待つしかなかった。彼女達はウイムブルダン・ハイ・スクールに通った。僕達は一緒に写真に撮られるつもりだった。僕は手洗いの隅で多分15分くらい待った。僕は、10歳にはなっていた、すると少女達が行ったり来たりした;彼女達は皆僕を見てくすくす笑い、互いに囁きあった。僕は女学校の手洗いに座っている男子だったんだもの彼女達は僕を嫌がっていると僕には分かっていた;そして僕の姉妹は、彼女達は到着すると、僕を恥じている様子で、僕が家で知っている姉妹達とは全く違っているように思えた。僕は秘密の世界の中でまごついた、そして何ヶ月、そして後に何年もの間、僕の最もひどい悪夢はこの女学校についてだった、それは何時も色のついた風船でいっぱいだった。「まさにフロイディアン(フロイト派)」、今では誰しも言う通り。僕のノーマルな衝動は何年も遡ってこれらの経験によって整えられた。1912に、僕達はブラスルス(ブリュッセル)で僕達のクリスマス休暇を過ごした。同じペンションに滞在しているアイリシュの少女は成り行きで僕に恋をした、僕は今は分かる、それは実にこの上なく甘やかだった。それはそれは随分僕を驚かせたので、僕は彼女を殺したってよかった。
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2024年2月8日木曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

ラニと呼ばれたペンロールの少年は僕が今まであった最も素晴らしい英雄だった。他に誰も登るはずのない松の木のてっぺんの小屋と、彼が盗んだ草刈り釜の先端で作った大きなナイフを持っていた、彼はパチンコでハトを殺し、それを料理して木の小屋でそれを食べた。ラニはとても優しく僕に接した;彼は後に海軍に入った、彼の初めての航海中に脱走した、二度と噂を聞くこともなかった、と僕達は打ち明けられた。彼はよく野原で牛や馬に盗み乗りをしていた。
 ペンロールで僕は「チェヴィ・チェイス」や「サー・アンドルー・バートン」バラドゥがその中に載っている本を見つけた;そこには僕が読んだことを覚えている初めての二つの実在の詩があった。僕はそれが如何に優れているかを見た。しかし一方では、少年全員が裸で入浴する屋外のスイミングプールがあり、僕はその光景に恐ろしさによって克服するのを感じた。19歳の或る少年は赤い髪、実に醜い、アイリシュ、彼の体を覆う赤い毛を持っていた。僕は体に毛が生えるということを知らなかった。また、校長には幼い女友達を連れた幼い娘がいて、僕は彼女達に会うたびに恐ろしさで汗を掻いた;なぜなら、兄弟がいないので、彼女達は一度僕達が庭のヒッコリーの木を掘り起こそうとしていた時、僕のシャートゥの首から下を詳しく調べることによって男の解剖学的構造について見抜こうとした。
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2024年2月7日水曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

という訳で、そう、下品な言葉の連発だった。やがてその巨大なホールに圧し潰されると思った、とんでもない少年達、廊下のぎょっとするような騒々しさ、そして誰も僕にそのルールを口にしない強制的なラグビ・フトゥボール。そこから僕は通常タイプのロウクビに行った、同様ウイムブルダンの、そこに僕はおよそ3年間いた。ここで僕は真剣に勝負をするようになった、喧嘩っ早く得意気で、威圧的になり、賞を勝ち取った、そして物を集めた。僕というものと他の少年達との唯一の違いは、僕はスタムプの代わりにコインを集めたというところだった。僕にはコインの価値は絵空事ではないように思えた。校長は一度だけ僕を禁固した:僕の運動靴を学校に持って行くのを忘れたために、その時僕の手の上に二撃ち(鞭)もくらわさなかった。にもかかわらず今でさえその記憶は憤りを伴って僕を熱くする。僕の紳士としての真剣な訓練はここで始まった。
 僕は一校を除外したように思うーペンロール、ランバートの後ろの丘を真っ直ぐの。僕は以前家から離れたことがなかった。僕は一学期の間、まさにそこへ行った、僕の健康のために。ここで僕は僕の初めての鞭打ちを食らった。その校長、一介の教区牧師は、座部の上に僕を禁固した、何故なら僕は間違って或る日曜不適切な特祷を覚えたから僕は宗教で力付くの訓練に至ったことは前には一度もなかった。僕の女教師学校で僕達は特祷を学んだ、しかし間違いのために罰せられなかった;僕達は賞を目指して競った。家に持ち帰り、僕達のベドゥの上に吊るす装飾版。
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2024年2月6日火曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 Ⅲ

6歳になると、僕は幾つかの予備スクールに行った。いの一番はウィムブルダンの女教師学校だった、しかし僕の父は、教育専門家として、僕をそこに長く居させる気はない。彼は20-3-時間割の大変さに一日悲鳴を上げている僕に気付いた、併(あわ)せて僕達が使った質疑‐と‐応答の歴史書にも不満を示した、それは始まった:

問い:なぜブリトゥン(英国人)はそうよばれたか?
答え:なぜなら彼らは彼ら自身を青色に塗ったから。

更に、彼らは僕にメトゥラノウムに合わせて暗算をさせた!僕はこの拷問の下で神経症を患い、一度自ら小便を漏らした。そこで僕の父は、僕をキングズ・カリジ・スクール、ウィムブルダンに僕を送った。僕はちょうど7歳になったばかりで、そこでは最も若い男子で、彼らは19歳になろうとしていた。僕の父は2学期の後、僕を連れ去った、なぜなら僕が下品な言葉を遣っているのを耳にしたから。僕はラトゥン(ラテン語)を始めた、が誰もラトゥンが意味するのは何か説明しなかった;その語形変化と活用は、僕には全く呪文でしかなかった。
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2024年2月5日月曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

僕の母はロウマン・カサリクの恐怖を僕に教えた、僕は随分長くそれを忘れなかった。実は、僕がその倫理よりも成長してしまったからではなく、そのカサリクの原理の恐怖にプラタスタンティズムを放棄した。僕の宗教鍛錬は恐怖故に大きな能力を僕の中で開発したー僕は絶え間なく地獄の恐怖にひどく苦しめられたー迷信的な道義心や性的困惑、それらから僕は僕自身を開放すること、それは非常に難しいと気付いた。彼らが信じるのを止める時、プラタスタントゥが失う最後のものは、完全な人間としてのクライストゥの洞察力だ。それは何年もの間、感傷的に、僕と共に存続した。18歳の時、僕は「荒野にて」と名付けた一編の詩を書いた、身代わり(他人の罪の犠牲者)を出迎えているクライストゥについて、それが不毛の地を彷徨うに連れーそれは、もちろん、身代わりが何時もそのレビ人(ユダヤの神殿で祭祀を補佐したもの)の参加者らによって断崖の向こう側に押されてから不可能になっただろう。「荒野にて」は少なくとも、70の選集に掲載された。不案内な人々は何時もどれだけの心強さをそれは彼らに与えたのかを言おうとして僕に対して書き、僕がですか、etc.?
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2024年2月4日日曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

そうした荒れ果てた、人を寄せ付けないー様相のベドゥ、他の部屋の中のようにグラス(ガラス)の引き戸のある洋服ダンスの代わりに、色褪せた綿のカートゥン
(カーテン)を付けた吊るし‐食器戸棚。この不様さ全てが何処かほとんど人間らしさからかけ離れたように召使いのことを僕に思わせた。その上、僕たちの所にやって来た召使い達は、疑いなく平均以下の水準だった;特別、立派な推薦状を持たずに一家族12人の勤め口に応募するものだ。それに僕達はこんなに大きな家を持ち、所帯の独身者は彼の、或いは彼女の部屋をまず小奇麗にして置かない、彼らは何時も気が付かない。多過ぎる仕事量、彼らは言った。
 僕達の子守りは召使い召使いと僕達の所の間に1本の橋を作った。彼女は到着時、直ちに彼女自身のパスポートゥを僕達にくれた:「エミリ・ダイクスが私の名前です;イングランドゥは私の国です;ネザーラヴィオンは私の住まいのある‐所;そしてクライストゥ(キリスト)は私の救い主です。」僕達を「ミス」や「マスタ」と呼んでいたが、彼女はくだらない語調を全く使わなかった。現実的な点で、エミリは僕達の母より僕達にずっと近いところにいた。僕はおよそ20歳まで彼女を軽蔑しなかったー彼女はあの頃僕の弟向けの子守だったー僕の教育が今は彼女のものに勝り、僕が彼女と闘えば、僕は彼女を躓(つまづ)かせ、いとも容易く彼女に傷付けられるなと気付いた。更に、彼女はバプティストゥ・チャペルに通った;バプティスト派信徒らは、ウェスリー派や会衆派のように、イングランドゥの教派の中では劣勢であるということをその時までに僕は学んでいた。
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2024年2月3日土曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

僕は、宗教の教義を受け入れたのと同様、自然にこの階級分離を受け入れ、20年近く後までとうとうそれを捨てなかった。僕の両親は未だ嘗て攻撃的、彼らを撃墜せよタイプ、ではなく自由主義かもっと厳しく、自由主義的労働組合員だった。宗教的論理は、少なくとも、彼らは生き物仲間として彼らの雇用者を取り扱った;しかし社会的差別は依然として明確に定義されたままだった。賛美歌集はこうしたことを是認した:

彼は彼らを高貴にも卑近にも作り、
彼らの地所を命じた・・・

僕はよく彼女が、プディングの何かが残されたとしても食べられる、ということをメイドゥに告げ、或いは何らかの不注意のためにその料理を叱る時の母の声の調子を思い出すことができる。それは厳しさを強いた、途方に暮れてほとんど残酷ですらあった。僕の母は、生まれつき気楽であり、だろう、僕は信じる、一切召使なしで済ませたかった。彼女達は家の中で外国人の体のように見えた。僕は召使のベドゥルームを覚えている。彼らは踊り場の一番上にいた、家の最も活気のない側で、それに時代の慣習により、カーペトゥもリノリウムもないただの空間。
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2024年2月2日金曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

「オウ、」看護婦達は彼がいなくなった後、嘆いたものだ、「オウ、彼は彼らが連れ去った時、彼の可愛らしい白い外套を纏った幼い紳士に見えた!」「あの若いマシウ(マタイ)は正当なダンディだった。」幼い無産階級らを真似た病院での2ヶ月からの僕の帰宅で、僕のアクセントは強く非難され、病棟の少年達は実に下品だということを学んだ。僕は「下品」が何を意味するのか知らなかった;それは僕に説明されなければならなかった。およそ1年後、僕はアーサーに会った、9つの少年、彼は病棟にいて、僕達がどちらも良くなってからクリキトゥ(クリケット)の遣り方を僕に教えた。彼は結局ぼろを着た使い走りの少年になった。病院で、僕達は、同じ制度化したナイトゥガウンをそろって着ていた、それに僕はこんなに違う岩棚から出て来たとは知りもしなかった。ところが僕は不意に二種類のクリスチャンー僕達そのものと、更に低い階級があると僕の初めての上流気取りという戦慄と共に悟った。召使らは僕達子供を「マスタ(主人)ロバトゥ」、「ミス(嬢)ロウザリーン」、そして「ミス・クラリッサ」と呼ぶよう訓練された、それにしても僕はこうした名ばかりの敬意のようなものを認めなかった。僕は、単に他の人々の子供に呼び掛けることのために使われた呼びかけの接頭辞のように「マスタ」や「ミス」のことを考えていた;それでも今は、召使らが低い階級であること、僕達は「僕達そのもの」であるということに僕は気付いた。
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2024年2月1日木曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 僕は大いなる宗教の熱い思いを抱いた、それは16の年の僕の堅信後間もなくまで続いた、そして懐疑を思い出す、それと共に僕は初めてそこに実際は人々がいないということを耳にした、人々は僕自身のようにイングランドゥの教会の中で洗礼を施された、彼らはジーザスの神聖を信じなかった。僕はこうした長年ずっと不信心の人に会ったことがなかった。僕は、僕の知人の多くに尋ねたが、子供時代、また彼らが階級意識を持つようになった青年期に誰一人僕に納得できる答えを今まで僕にくれた者はいなかった。僕はそれがどのように起こったか覚えている。4歳半の年に僕は猩紅熱にかかった。僕の弟がちょうど生まれ、僕が家で看護されるはずがなかった、そこで僕の両親は僕を公的な猩紅熱病院に僕を送り届けた。病棟は20の幼い無産階級の人々を収容でき、僕の他に一人だけ中産階級市民の子供。僕は看護婦達や僕の患者仲間が僕に対して違った態度を取るということに特に気付かなかった;僕は親切も安易に甘やかすこともそれには慣れっこであることも容認した。しかしもう一方の幼い少年に与えられる尊重や崇敬、聖職者の子供は、僕を驚かせた。
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2024年1月31日水曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

僕達は頑強なモラリストゥになることを学び、自己分析と優れた決断力で僕達の時間の多くを費やした。僕の姉妹ロウザリーンは彼女の子供部屋の一角に活字の貼り紙を貼り出したーそれはまさに僕によって僕によって貼り出されたも同然と言ってもよかった:「私は言ってはいけない『胸をどんと叩け』も『豚死』も、それは失礼だから」
 僕達は実にささやかなパキトゥ‐マニ(ポケットマネー)を与えられた1週間に1ペニ、12の年に2ペンスに昇給に伴い、叔父か他の訪問者から届いた臨時の収入はお金の一部分をバーネイドの養護施設や乞食に寄付することを奨励した、盲目の物乞いは点字で声を出して聖書を読みながら、ウィムブルダン・ヒルの舗装道路の上に何時も座っていた;彼は実は盲目ではなかったが、彼の目をひっくり返せたので、生徒達を瞼を下げる度に数分隠し続けた、それはわざとらしく煽ぎ立てられた。僕は度々彼に恵んだ。彼はお金持ちとして死んだ、そして彼の息子には大学教育を供与できた。
 僕がスウィンバーンの後会っていると記憶している初めての卓越した作家は、P.G.ウドゥハウスだった、僕の兄弟パースヴァルの友人、彼を彼は後に穏やかに「Ukredge」として風刺的に描いた。ウドゥハウスはその時二十歳になったばかりだった、ザ・クラブのスタフで、ザ・カプタン(キャプテン)誌に学校話を書いていた。彼は僕に1ペニを与え、僕はそれでマーシュメロウ(マシュマロ)手に入れるよう僕に助言した。あの時はあまりにも気後れし過ぎて、あれ以来僕は彼の仕事に関して批判的になることを自らに許さなかった。
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2024年1月30日火曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 極めて忙しい男になって行く僕の父、ランダンの(テムズ川)南岸方向に向かう学校の検閲者で、僕達子どもは休日の間を除いて彼について事実何も知らなかった。その時彼は非常に優しく振舞った、型通りの始まりと共に僕達にお話をした、「嘗て、或る時に」ではなく、しかし何時も「そしてそこで庭師は赤いパキトゥ(ポケット)ハンカチーフの上で彼の鼻を鳴らした・・・」彼は時折り僕達と一緒にゲイムをしたが教育の仕事で忙しくない時は、詩を書いているか、文学、或いは禁酒協会の会長をしていた。僕の母は、所帯を切り盛りすることで忙しく、また入念に僕の父の妻として彼女の社会的義務を果たし続け、彼女が心惹かれるに連れ、僕たちのことはそんなに面倒を見なくなった、日曜とか僕達が急に病気になった時以外。僕達には子守がいて、お互いに、この交遊だけで十分だと分かっていた。僕の父の僕達の教育における主要な役割は僕達の話が文法的に正しく、発音する言葉が正確で、それに俗語を使うことがないようにと強く求めることだった。彼は、宗教教育は全面的には母に任せた、彼は家族の祈りで取り仕切ったが、その奉仕者らは毎朝朝食前にそれに出席することを求められた。軽い罰は、早くベドゥに送られるか、或いは隅に立たされるようなそんなことは母の担当だった;スリッパで与えられた下士官の罰の苦痛に応対することはなく、彼女は僕の父に残して置いた。
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2024年1月29日月曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳


僕の母は気前よく僕の父に嫁いだ、それは彼の5人の母のいない子供達共々最後まで彼を助けるように思える。僅かでも彼女自信を持つことは二の次だった。しかし先ず彼女は女の子を持ち、次にもう一人女の子を持った、そしてもちろん彼女達を持つこと、それは実に素晴らしかったが、少し落胆した、というのも彼女は息子は事実重要な事を成し遂げるという世代と伝統に属した;それから僕が現れた、五体満足の健康な子供。彼女は僕の誕生の時40歳だった;そして僕の父は4-9歳。4年後なおももう一人息子を持った。女を上回る男の切望さるる優勢は立証されて来た、そうして5の2倍は10になった。僕は僕の両親と僕の間二つの世代の相違は一世代の相違より橋を架けることが比較的簡単だと気付いた。子供達は彼らの祖父母とめったに口論しない、10人の家族は親らしい愛情の希薄を意味する;構成員らは区別がはっきりしなくなりがちだ:僕はたびたび呼ばれた、「フィリプ、リチャドゥ、チャールズ、」僕はロバトゥのつもりだ。
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2024年1月28日日曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

フォン・ランカの者は人間の公益事業のためにもっと責任のある仕事ができるように宗教的な信用としてジャーマニ(ドイツ人)の該当する階級の会員資格を重要視する。最近フォン・ランカは映画撮影所に加わった、家族はそれ自体不名誉だと思った。
 僕が僕の父の家族の側のーおそらくグレイヴズ家によりチェイン家にもっとー恩恵を受けている最も有益で、同時に、最も危険な贈り物は、僕は何時でも役人と取引きをしたり、或いは、それを妬む公共機関から特典を得ている時、紳士の振りをすることができるということだ。僕がたまたま何を着ていても;それに僕の衣服は紳士が普段着るものではないから、それにまだ僕は芸術家にも女々しい男のようにも見えない、それに僕のアクセントゥや身振りは近付き易くはない、僕は公爵領に相続人として配属されていた、彼の地位のその完璧な信用がこのような奇抜さ全てを弁明するだろう。このように僕は、矛盾によって僕の兄の誰かよりずっと紳士であるように見えることもあり得る、彼は近東(地中海の東の諸国)で領事館員として長年過ごした。彼の洋服ダンスはあまりにも明確にほとんど紳士のものである、それに彼は評判の悪い知人を持つことや彼が実際意図することをあらゆる機会に言うことといった偽の公爵の特権を彼自身に許さない。
 僕の紳士であることというこの商売について:僕は僕の紳士教育の14年間随分多額を支払ったので、今もあの時も、或る種見返りのようなものを手にする資格を与えられたと僕は思う。
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2024年1月27日土曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

これらの合致は、僕が発見できる限り、全く不利益な目的に適う、そして会話の脈絡を聞き逃す耳の悪い人を悩ませる同種の不正直を犠牲者に齎しがちだー彼らは後に取り残されることを嫌い、直観に頼り、それををすっかり聞き取るためにはったりをかける。この無能ぶりは寒い気候に於いて最も狙われる。僕は今では総多くを語らない、僕が飲んでいる時、或いはフランスで僕と一緒に戦った誰かに逢った時以外。グレイヴズ一家は試練同様のこのような意図ならばと良い心がけでいる。上品なラトゥン(ラテン)語を認(したため)ては、用紙を埋め、謎を解き明かし、子供達のように、パーティに招くと、そこでゲイムを思い付き、知能‐テイストゥが演じられた、僕達は勝ち損ったことはなかった)。彼らはボール・ゲイム向きのよい視力と、優雅な気品を持つ。僕はその目を受け継いだが、気品は受け継がなかった;僕の母の家族は全く気品なしだ。僕は馬上で、醜くとも安全な座席を確保する。横柄との指摘、僕の母の家族が被害に遭わないよう心の善良さへの必然的な点検、に対して非感傷的であるグレイヴズ家の冷淡さがそこにある。グレイヴズ家が、一般論を言うこと、それは正当だ、彼らが属すブリティシュ統治階級への、また憲法への忠誠は、個人主義者だからこそ。
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2024年1月26日金曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

バッカスが満足に話せも
歩けもしない内に、
オリムパスに彼は飛び降りた
彼の子守の腕から。
そして10年は全体の中で
落下によって消耗されたが
彼は遥か遠くへ落ちて
もっと陰惨に谷を旅しても構わなかった

僕の母を娶り絶対禁酒者になった後、彼は何かしら自らの茶目っ気を失くしてしまったと言われる。
 僕の父は決して一般読者より高位に立たないという神聖な秩序を手に入れるために家族の誘惑に抵抗した;そして彼はアイアランドゥとの地理的結合を絶った、その所為で僕は彼に手放しで感謝することができない。僕の親戚に対して非常に厳しく、僕が他人と付き合うよりもっとずっと注意深い、僕は僕の父と母に感心してしまう:自らの簡素と粘り強さを求める僕の父、そして自らの真面目さと強さを求める僕の母。二人共自らの寛大さを求める。彼らは決して僕を苛めなかった、形だけの信仰から体格や全般的な特徴に関しては僕の母側が、全体的に、僕の中ではより強い。しかしそれらの大半は風変りなグレイヴズ固有の発言や動作の多くの癖を持つ。通りを歩いて真っ直ぐ下ることは難しいと気付くこと;テイブルで数片のパンを持ってそわそわすること;中途半端に通り抜けてそれらを未決定にのままにしている時、文にうんざりさせられること;背中の後ろで独特な方法で組まれた手で歩くこと;そして不意に話題になることや最もどぎまぎさせる完全な記憶喪失の綴りのような。
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2024年1月25日木曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 僕の父が僕の母を知ったのは、それはこのクラリサ‐リーアポウルドゥ親戚関係を通じてだった。僕の母は、たちどころに彼に打ち明けた、彼女は、僕の父が主として思い出すがままにものを書くことへの讃歌、「父なるオウリアン」を好もしく思いますと。彼は伝統的なジグの旋律「The Top Cork Road」に言葉を載せた、それを彼は彼の少年期から覚えていた。サー・チャールズ・スタンフォードゥは設定のための数和音(数コードゥ)を提供した。僕の父は1ギニで完成した権利を売った。大酒飲み、出版社は何千も作った。サー・チャールズ・スタンフォードゥ、彼は作曲家として著作権料を構想した。また非常に多額を集めた。最近僕の父は蓄音機の権利ということで数パウンドゥ送られた。彼はこの全てが厭(いと)わしくはない、しかし僕のどんな仕事の完成した権利も宗教上ほとんど値を下げて売ろうとしないことを嘗てよりもずっと僕に印象付けた。
 僕の父が詩人であるということは、少なくとも、詩人へのどんな誤った敬意からも僕を救って来た。彼を知り、僕を知らない人々に僕が遇(あ)う時、僕は喜びさえする。食事の後食器を洗っている間、或いはエンドウの殻を剝きながら、或いは同じ折に触れて、僕は彼の歌の幾つかを歌う。彼は一度も僕に書き方を教えようとも、或いは僕の真面目な詩の解釈をしてみせようともしなかった;彼のものについてのアドゥヴァイスを求める準備が何時もそれ以上にできていた。僕に書くのを止めるように仕向けることもまたしなかった。彼の陽気な初期の仕事は最高だ。His Invention of Wine(彼のワインのインヴェンション)、例えば、それは始まる:
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2024年1月24日水曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳 

 クーパ―一族は常に取りつかれた家系で、アイアランドゥ人は自ずとアイアランドゥ人になる。ジェイン‐クーパ、僕の父が娶り、消耗性疾患(主に肺病)で死んだ。
 グレイヴズ一族はほっそりした鼻で、拗ねる傾向があった、しかし決して堕落しなかった、冷酷かヒステリック。粘り強い文学の伝統:リチャドゥについて、二流の詩人で、シェン・ストウンの友人;そしてジョン・タマス、数学家でサー・ウィリアム・ロウアン・ハミルトンの四元法算法の発見に貢献した;そしてリチャドゥは、グリーク(ギリシャ)の神学者で欽定講座担任教授;そしてジェイムズは、考古学者;そしてロバトゥ、彼は彼の後名付けられた、病を考案し、ターナー家の友人だった:そしてロバトゥ、古典学者、それに聖職者で、ワーズ・ワース家の友人;そしてリチャドゥは、もう一人の聖職者;そしてロバトゥは、もう一人の聖職者;で異なるロバトゥ達、ジェイムズ達、タマス達、そしてリチャドゥ達;そしてクラリサ、アイアランドゥの乾杯の一つ、彼女はリーアポウルドゥ・フォン・ランカを射止めた(ウィンダミア教会で)、僕の父と母が結婚する前、グレイヴズとフォン・ランカ二世代を結び付けた。(大英博物館目録18並びに19世紀グレイヴズ文学史の記録を見て下さい。)
 僕の父が僕の母を知ったのは、それはこのクラリサ‐リーアポウルドゥ親戚関係を通じてだった。
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2024年1月23日火曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 僕の父は、それから、90年代初めに僕の母を或る時見染めた。彼は前にもアイリシュ、クーパの一人を娶(めと)った、リメリックに近い、クーパズ・ヒルの。クーパの者はグレイヴズの者よりアイルランド人的家系だった。その話は、クラムワル(クロムウエル)がアイアランドゥに来て、国を荒廃させた、モイラ・アブライアンは、最後の生き残りの偉大な氏族アブライアンのメムバ(メンバー)、彼はリメリック周辺の国の卓越した首長で、彼の所に或る日やって来た:「大将、貴方は私の父と叔父、私の夫と私の兄弟を殺してしまった。私はこの島々のただ一人の後継者として残されています。貴方はそれを没収するつもりですか?」クラムワルは彼女の素晴らしい存在感に心を打たれたことやこれは確かに彼の意図だと答えたと言われている。しかし彼女は彼女の島々、或いはそれらの内の一部を守り抜けたと、彼女が彼の将校達の内の一人を迎えるという条件で。そしてそこでアブライアンが一組のカードゥを選ぶために招かれモイラを娶る所有地の跡を継ぐという特権の為に切った。その勝者がエンサイン・クーパその人だった。結婚後2,3週、彼女自ら妊娠に気付いた。それは男の相続人だと確信した、実際それは判明した。彼女は彼女の夫を殺した。彼女は彼を酔わせた後、胃のへこみに命中すべく彼を蹴ったとそう言われている。
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2024年1月22日月曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 主教オウカンルは嘗て彼の家族の背格好について彼を冷やかしたことがあった、そこで僕の祖父は屋が詰まった彼の矢筒を持った男の祝福について原典を持って情け深く切り返した;それに対してオウカンルは簡潔に答えた:「昔のユダヤ人は、震えはひたすら6回を維持した。」僕の祖父の通夜は、彼らが言った、リメリックの町で今までに知っている最も長いものだった:それは大聖堂からオウカンル通りを真っ直ぐに下ってサーズフィールドゥ・ブリジの上に伸びた、僕にはアイリシュの彼方何マイルか分からない。彼は一人の子供として僕を祝福した、しかし僕はそれを覚えていない。僕の父の母についてアバディーンからチェイン、僕は、彼女は「実に美しい女性」で、アイアランドゥ軍への内科医大将の娘というその事実以上に何の情報もまるで手に入れることができなかった。僕はただ彼女か家族の会話の争いの中で何を語り、見過ごされてしまったかの大部分を断定できる。チェイン家系はサー・レジャナルドゥ・チェイン、スカトゥランドゥの宮内長官に不備の無い権利を1267年に返した。ずっと後の時代にチェインらは法律家や医者になった。何れにせよ僕の父は今のところ彼の自叙伝で忙しくしているし、疑いなく、この全てについて長々しく書くだろう。
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2024年1月21日日曜日

Good-by to All That Rpbert Graves 成田悦子訳 

最も強硬にマークされた一族の特性を持つ僕の親戚の者の無駄話は神経の無秩序にある。話が進むに連れ酷い話ではなく、何時も情報を提供してくれ、しばしば気も利いていて、ところがそれはどんどんどんどん発展する。フォン・ランカの者は機械の才能をそれぞれが殆ど持っていないように思える。内臓燃焼エンジンや電動発電機の時代の最中に生まれること、そういうものに共感できないこと、それは最高に迷惑だと僕は気付いた。自転車、携帯用石油コンロ、、そして軍用ライフル銃は僕の機械の受容力の限界を示す。
 僕の父系の祖父は、リメリックのプロテスタントゥ主教で、8人の子供達を持った。彼は非凡な数学家だったー彼は初め球状の円錐の或る理論またその他を公式化したーそしてその上アイリシュ裁判官法律やオガム文字アルファベトゥに関する主要な権威にもかかわらず、評判によって、寛大から遠のく。彼とオウカンル、カサリク主教は条件の極めて良い所で暮らした。彼らはお互いにラトゥン(ラテン)ジョウクを言った、学問の素晴らしい点を話し合った、そして非常に真面目に彼らの宗教の違いを受け容れることも全く聖職者らしくなかった。しかし僕の祖父の死後およそ19年、リメリックで、守備隊の兵士として僕は町民から彼の話を聞いた。
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2024年1月20日土曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 18の年に、僕の母はブリテインさんへの付き添いとしてイングランドゥへ行った、孤児として僕の祖母に助けられた孤独な老婦人、そうして17年間彼女の手足となって身の回りの世話をした。彼女はついに他界し、僕の母は、彼女の唯一の相続人で、その意志からそもそも利得を得ることはないだろうという老衰の印象の下、彼女には10万パウンドゥの財産があったということが判明した。お手本通り、僕の母は彼女の4
人の妹達のそれぞれに遺産を分配した、5分の1だけは手元に置いた。彼女はインディア(インド)に行こうと決心した、医療の伝道者としての短い訓練の後。この大望はやがて5人の子を抱えた男やもめ、僕の父を知る事で挫かれた;彼女は家庭伝道師分野でのいい仕事としてやって行けるだろうということ、それが彼女にも明らかになったのだ。グレイヴズ家は1485年にミルファードゥヘヴンにヘンリ7世と共に上陸したフレンチ騎士まで遡る系図を持つグレイヴズ大佐円頂派は一族のアイリシュ分家の創始者として承認を求められる。彼は嘗て負傷しテイムの市場で死へと旅立った、その後カリスブルーク城で国王チャールズ1世の要請を受けた、そして遅れて王党派になった。リメリックはこの分家の中にいた。その中の臨時の兵と医師らは主として担保だった;直通郵便網は教区司祭の序列を掌握した、首席司祭、そして司教、僕の曽祖父ジョン・クロズビー・グレイヴズ、彼はダブリンの国王直属警察裁判所判事だった。リメリック・グレイヴズはどんな「技能」或いは機械のセンスすらなかった;しかし座談家として広範な評判を得る。
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2024年1月19日金曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

僕はそれによって何を言いたかったのか分からない、しかしそれは彼の怒った家長の雰囲気とも、枢密顧問官フォン・ランカ様としてバヴァリアン(バイエルン)社会で傑出した立場の容認とも、それに彼のカイザ(カイゼル)への忠義とも、一度か二度鹿狩りに行った誰かとも矛盾しない声明だった。それは、事実上、彼は彼自ら政治に於けるように宗教に於いてもかなり進歩主義者で、僕の祖母が気に病む必要はないと思ったということを意味する。僕は僕のジャーマン(ドイツ人)の親戚を賞賛する;彼らは高い信条を持ち、気楽で、寛大で、そして真面目だ。男達は安っぽい個人的名誉のためにではなく、公共の利益に於ける闘争に励んだー大声で叫んだ、例えば、彼らは恥ずべき優れた役人か政府高官の行いというものに異議を唱えたから。彼らの内の一人はシークレトゥ・サーヴィスのリポートゥのために手形交換所としてランダンの領事館を使うことを拒んだからドイツ領事サーヴィスの年功を失くした。彼らはどちらにしても大酒飲みではない。僕の祖父は正規の大学で、学生として「酔っ払い」、誰も見ていない時、彼の1840年乗馬ブーツの中に溢れるほどのビアを注ぐ習慣を持っていた。彼は、家では英語を話すよう彼の子供達をしっかりと導き、常に文化と進歩の母国としてイングランドゥに目を向けた。女達は高貴で我慢強く、彼女達は歩いて外に出ると、地にその眼差しを置いたままにするのが常だった。
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2024年1月18日木曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

彼は娶(めと)った、ランダンで、僕の祖母を、小さな、清い、脅えたシュレスヴィヒ‐デイン、グリニジ天文学者ティアークスの娘。彼女の父が天文学に傾倒する前、ティアークス家は、そう思える、父と息子の間で代わるがわる職業に就くというデンマーク国のシステム、全て酷いものというわけではないが、に従って来た。奇数の世代はブリキ屋だった、そして偶数の世代は牧者だった。僕の比較的礼儀正しい特性は僕の祖母まで遡(さかのぼ)る。彼女は十人の子を持った;この内の最年長が、僕の母で、ランダンで生まれた。僕の父の無神論と急進主義は落ち着いた。彼はついにジャーマニ(ドイツ゚)に帰還した、そこで彼はミューニク(ミュンヘン)で、それにイウアラプで初めて彼の子供の患者用に清浄なミルクを要求した事でもよく知られた小児科医になった。彼は月並みな手段では病院に清浄なミルクを持って来ることはできないということに気付くと、彼は彼自ら模範酪農場を始めた。彼の不可知論は僕の信心深く、ルター派の祖母を悲しませた;彼女は彼のために祈ることを止めなかった。それにしても彼女の子供達の魂を救うことに殊更集中した。
 僕の祖父は全く罪深くない人で死ななかった;彼の最後の言葉は:「私の父である神よ、彼の人に少なくとも私は掴まっている。」
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2024年1月17日水曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

彼は書いた、彼の同時代の人々の不祥事に対して:「私はクリスチャンである前に歴史家だ;私の目的は単にどのように物事が実際に起こったか探り当てることである、」そしてフランス歴史家ミシュレを論じながら「彼は或る様式で歴史を書いた、そこで真実が語られるはずがない。」タマス・カーライルは埃の‐ように‐乾燥したと彼を非難したということは全く信用しない。ハインリッヒ・フォン・ランカに、僕は、僕の不器用な豪放さ、忍耐力、精力、真面目さ、そして僕の厚い髪は負うている。彼は、青年時代は反抗的で無神論的でさえあった。医学生としてプラシュン(プロシアの)大学で彼は1848年の政治混乱に参加した、学生達は激しい反逆に向けての彼の試みの時にカール・マークス同様、彼らは国を後にしなければならなかった。僕の祖父はランダン(ロンドン)に来た、そして彼の医学コースを終えた。1854年に、彼は連隊の外科医として英陸軍と共にクライミア(クリミア)に向かった。僕がこの事について知っている全ては、これが、僕が子供だった時、彼が僕に用意したというチャンスだ:「最も強いのは必ずしも大きな体ではない。サヴァスクポウルで塹壕の中、私は大英連邦の守備隊が大破し、厳然たる事実によって死ぬのを目の当たりにした、しかし取るに足りない工兵らは何の被害も受けなかった。」今なお、彼の巨体は彼を上手に運んでいた。
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2024年1月16日火曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳


僕は170パウンドゥ体重がある。僕の最高の喜劇的な回転は異常に自由に動く関節を持った骨盤だ:僕はテイブルの上に座り、それと共にファクス・シスタズ(Fox sisters)のようにトントン叩ける。片方の肩が明らかにもう一方より低い位置にある、肺損傷の所為。僕が腕時計を携帯しないのは、僕は何時も主ゼンマイを磁化するから;一つの指示が出たら、将校達は腕時計を携帯し、日常的に時間を合わせようとする、僕は毎月新品二つを買わざるを得なかった。医学的に、僕は望ましい生物だ。僕のパスポートゥは「英国の国民」として僕の国籍を提供する。僕はマーカス・アウリーリアスを真似てもいいだろう、彼は彼のゴウルダン・ブクを多彩な祖先や彼が尊敬に値するローマ皇帝の人徳の恩恵を受けている親類と共に着手する:何故私はローマ皇帝どころか、好機以外、英国紳士でさえないのか釈明しながら。僕の母の父の家は、ランカの出身、サクスン人国牧者であり、大昔には貴族ではなかった。リーアポウルドゥ・フォン・ランカ、近代歴史学の祖、僕の大叔父、「フォン(出身)」を持ち込んだ。僕は彼に何かと恩恵を受けている。
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2024年1月15日月曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

僕が初めてパスポートゥを取得した頃、1926年には便利なものだった、僕は「ライタ(作家)」と記入しようかと思った、しかしパスポートゥ役人はしばしばその言葉に複雑な反応をした。「大学教授」には通り一遍な反応を得る:下らない敬意。どんな質問もしない。そこでまた「陸軍大尉(恩給受給名簿)」と付加。
 僕の身長は6フィートゥ2インチ、僕の目は灰色、僕の髪は黒として与えられている。「黒」に厚くカールしていると付け加えられるべきだ。僕は誤ってどんな奇癖も持っていないと説明される。初めに、そこに僕の大きなワシ鼻がある、僕はサカ(サッカー)選手達と愚かにもラグビをしている間に移動式木造住宅でそれを折った。(僕は他の選手の鼻を同じゲイム中に僕自ら折った。)あれが、それを不安定にした、バクシング(ボクシング)はそれを斜めにした。ついにそれは未熟な陸軍外科医によって手術された、そしてもはや僕の顔の左と右側の間の縦方向の境界線として役に立たない。それは当然調和しないー際立ってすっかり歪められた僕の目、眉そして鼻、そして僕の頬骨、それはかなり高く、違う水準になっている。僕の口は何を知られているのか「ぽってりした」一物だ。そして僕の笑顔は口を結んだままだ:僕が13だった時、僕は前歯二本を折り、それらを見せる事に敏感になった。僕の手も足も大きい。
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2024年1月14日日曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 何れにせよ僕はシェイクスピアの読書サークルに言及した。それは何年も続き、僕が16だった時、好奇心は遂に僕をその集会の一つに送った。僕は、全く口やかましくない母が僕の愛想のいい父のペトゥルキオに口やかましい女の飼い慣らし(じゃじゃ馬慣らし)の中のカサリン役を読む、それに伴う快活さを覚えている。モーリス・ヒル夫妻はサークルの最も人気のあるメムバの中の二人だった。この集会は彼らが判事ヒル氏とレイディヒルになる前、何年も行われた、そうして、同様に、僕は、夢中になって「口やかましい女(じゃじゃ馬)」を覗いた。僕は、レマネイドゥグラス、胡瓜サンドゥウイチ、ペティフォ(プチフール・一口大のケーキ)、応接間の小さな装飾品、蜂のキク、そして日の周りの安楽椅子の半円を覚えている。ホーテンシオとしてモーリス・ヒルの優しい声は僕の父を説き諭した:「今はお前の道を行け;お前は忌々しいガミガミ女を服従させた。」僕は僕自身ルシオとして余興を終えた:「それは驚きだ、貴方の暇(いとま)乞いによって、あんなに素直になる。」僕は何時か離婚法廷の判事として彼の方針を彼が話すのを聞きに行かなければならない;彼の訓戒は有名になっていた。
 「草創の記憶」の後、僕はおそらく僕自身のパスポートゥ記述を述べるべきで、それら自体が項目を増大させる。誕生日…生誕地…僕は既にそうしたことを伝えた。職業…僕のパスポートゥに僕は「大学教授」と記してある。
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2024年1月13日土曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳 

僕はスペクテイタやパンチの僕の一筋縄ではいかない叔父チャールズを正確に要約した、それに僕の横柄な叔母グレイス、彼女は乳母車や男女の中に入って来た、そして彼女の到着が何時も大騒動を引き起こしたのは彼女は女性司教だったから;やがて僕の親戚の全員永眠。
 僕はアルジャーノン・チャールズ・スウィンバーンについてどんな幻想も持ち合わせていなかった、ウィンブルダン公園の片隅で、彼は度々僕の乳母車を止め、彼は子守の散歩中それに出会うと、その頭で僕を軽く叩き、僕にキスしたものだ:彼は慢性的な乳母車止め屋で叩き屋でキス屋だった。子守の散歩は「松林」、プトゥニー(彼がワッツ‐ダンタンと暮らしていた所)やロウズやクラウン居酒屋の間を縫って行った。ワッツ‐ダンタンは彼にその代金2ペンスを許し、それ以上はなかった。僕はそのスインバーンが詩人とは知らずにいた、ただ僕は彼が公の脅威であるということは分かった。スインバーンは、そのやり方で、まさに青年の頃、ウォルタ・サヴィジ・ランダに行ってしまった、それからかなり年寄りになって、彼が望んだ詩人の祝福を与えられた;そしてランダは子供の頃サミュエル・ジョンスンによってその頭を撫でられた;そしてジョンスンは子供の頃瘰癧(るいれき)、国王の邪悪;の所為で女王アンに触れられようとしてランダンに連れて行かれた、そして女王アンは子供の頃・・・
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2024年1月12日金曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 Ⅰ

自叙伝の慣習を受け入れる僕の心構えの証拠として、僕の二つの最初の記憶をまず僕は書きましょう。一番目は1897年の女王ヴィクトーリアのダイアマンドゥの祝典のために飾られた四輪馬車と幌馬車の行列を見物しようと窓辺で忠誠を示すかの如く持ち上げられたことだ(これはウィムブルダン(ウィンブルドン)であった、そこで僕は1895年7月24日に生まれた)。二番目は子供部屋の戸棚を一種絶望的な恐怖の念で見上げることだ、それは思いがけず開けっ放しになっていたりする、シェイクスピアの八折版本の巻で天井まで埋まっていた。僕の父はシェイクスピアの読書サークルを組織して来た。僕は、これがシェイクスピア入れだとずっと後まで知らなかったが、一見して、僕は既に応接間の行事に強烈な衝動を覚えていたようだ。つまり高名な訪問者達が家にやって来ると、かのシェイクスピアの博識を持ったサー・シドゥニー・リーのように、或いはロードゥ・アシュボーン、未だ貴族ではない、かの「アイアリシュ(アイルランド人)のためのアイアランドゥ(アイルランド)」という声高な話っぷりと、かの黄金色のキルトゥ、或いはイウステイス・マイルズ、イングリシュ現ーテニスチャムピアンにして、かの外来種ナトゥ試供品を供給するヴェジテアリアン、僕は彼らの事なら僕なりに何でも知っていた。
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2024年1月11日木曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 かなり多くの変更がここに本文中で為されたー数多(あまた)の退屈或いは馬鹿げた継ぎ接ぎの省略;2、3の伏せられた逸話;5年後書かれたより長いものによるT.E.Lawrence(ロランス)章の差し替え;誤った言明の事実に基づく訂正;そして僕の尤(もっと)もらしくぼろぼろの散文の全般的な編集。幾つかの固有名称は、そうした原作のごまかしがもはや要らない箇所では修復された。
 仮にどの一節が、この年月を経た後になお攻撃性を帯びているにしても許されるものならそうしてほしい。


デヤ、
マジョーカ、
スペイン。
1957

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2024年1月10日水曜日

Good-bye to All That Robert Graves 成田悦子訳

 プロウログ

僕が或る処は書き、或る処は口述した、この本、複雑な国内危機最中(さなか)の28年前、修正にごくわずかな時間を費やし。あれは、僕がそれまでにかなり多くのしきたりを破って来たイングランドゥとの僕の苦渋の去るという選択だった;口論をするか、或いは縁を切られたりした、僕の友達のほとんどに;企てられた殺人の容疑に関して警察に厳しく尋問された;そして誰が僕の事をどう思おうと気に病むのを止めた。
 Good-bye to All Thatを何度も読む内に、1929年以来初めて、僕はどのように僕の出版社は名誉棄損の訴訟を免れたのかしらと思った。
 国内の危機は何時も高くつく、しかし本はイングランドゥでも合衆国でも十分よく売れた、不景気にもかかわらず、それはまさに僕の借金を払ったり、将来への差し迫った不安もなくマジョーカで暮らし書くために僕を自由にして置くのにあてがった。そのタイトゥルは標語になった、Bartlett’s Familiar Quotations(バートゥレトゥの語群引用)への僕の唯一の寄稿。
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1月10日、去年The Quiet Americanを翻訳し始めた時と同じ日からGood-
 bye to All Thatを訳し始めます。文庫本で上下岩波書店から出ています。一日文庫本で1頁ずつ訳しますから2年かかります。「成田悦子の翻訳テキストとちょっとしたことhttps://naritaetuko.jpに翻訳の方針、岩波書店訳者工藤政司さんとの相違点の考え方などを毎日書きます。

2023年12月15日金曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

  「僕は彼を責めない。」僕は言った。「彼にはちょっとした祝い事があったんだ。彼の息子が危険を脱した。僕は、今日カンチネンタルで聞いた。僕も幸せな終わり方が好きだね。」

 僕が2服目を吸った後、僕は皮の枕に僕の首と一緒に背中を当て、フオンの膝の中で僕の手を休めた。「貴女は幸せなの?」

 「もちろん、」彼女はぞんざいに言った。僕には、もっと熟慮した答えを貰える価値はなかった。

 「それでは、それが何時もそうだったかのようだ、」僕は嘘を吐いた、「1年前。」

 「貴女は長い間スカーフを買わなかった。どうして明日買い物に行かないの?」

 「それは祝日だからだわ。」

 「オウそうだ、当たり前だ。僕は忘れていた。」

 「貴方は貴方の電報を開けなかったのね。」フオンが言った。

 「いや、僕はそれも忘れてた。僕は、今夜、仕事の事を考えたくなかった。それにそれは今頃何かを閉じ込んで整理するには遅過ぎる。僕にもっと映画の事を話して。」

 「そうね、彼女の愛人は毒から彼女を救おうとしたのよ。彼は少年の服と、刑務所の看守が被る物のような男の帽子で密入国した、しかし彼女がゲイトゥを通ろうとした時、彼女の髪はすっかり下に落ちて、彼らは大声で叫んだ『貴族、貴族。』私はあれは話の欠陥だったと思うわ。彼らは彼女を逃亡させるべきだった。その時は、彼らは揃って彼の歌で大金を作り、彼らはアメリカへと膿を突き進んだでしょうにーそれかイングランドゥへ。」何か彼女が狡猾だと思った事を言い添えた。

 「僕は電報を読んだ方がいいね、」僕は言った。「僕は明日北へ行く必要がないようにと僕は神に望む。僕は貴女とじっとしていたい。」

 「彼女はクリームの容器の間から封筒を取り出し、それを僕に渡した。僕はそれを開け、読んだ:「貴方の手紙越しに繰り返し終わりを考えた貴方が終わりを望むので(私は)無分別に振る舞う事にする(二人の)基盤放棄終わり私の弁護士に離婚訴訟手続きを始めると話した神が貴方を祝福しますように愛情を込めてヘレン。」

 「貴方は行くしかない?」

 「いや、」僕は言った、「僕が行くまでもない。僕が貴方にこれを読もう。ここに貴女幸せな終わりがある。」

 彼女はベドゥから跳んだ。「でもそれは素敵だわ。私は行って私の姉妹に話さなきゃ。彼女はかなり満足でしょう。私は彼女に言うつもり。『貴女は私が誰か知ってる?私は二番目のファウレール夫人よ。』」

 本箱の僕の向こう側にThe Role of the Westが飾り戸棚の肖像画のように飛び出していたー角刈りで彼の踵(かかと)に黒い犬を連れた青年の。彼は、誰にも何かもっと危害を加える事はできない。僕はフオンに言った、「貴女はひどく彼を欠くのか?」

 「誰が?」

 「パイル。」今でさえ彼女にとっても奇妙だ、彼のファーストゥ・ネイムを使うのは、それは不可能だった。

 「私は行ってもいいかしら、ねえ?」私の姉妹はとても興奮するわ。」

 「貴方は彼の名前を貴方の眠りの中で一度口にした事がある。」

 「私は一度も私の夢を思い出したりしないわ。」

 「そこには貴女が共に為し得た随分たくさんの事があった。彼は若かったんだ。」

 「貴方は年を取ってはいない。」

 「摩天楼。エムパイア・ステイトゥ・ビルディング。」

 彼女は僅かに躊躇って言った。「チェダ峡谷を見たいの。」

 「あれはグランドゥ・キャニアンじゃない。」僕はベドゥから彼女を引きずり下ろした。

 「僕は許されないね、フオン。」

 「何のために貴方は許されないの?これはびっくりするほどの電報よ。私の姉妹・・・」

 「いいよ、行って貴方の姉妹に話しなさい。まず僕にキスして。」彼女の興奮した口は僕の顔の上でスケイトゥをした、そして彼女は行った。

 僕は初めての日の事とカンチネンタルで道の向こうのソウダ水売り場にその目を遣りながら僕の側に座っているパイルの事を思った。彼が死んでしまってから全ての事が僕を伴ってたちまちの内に行ってしまった、僕は許されないと僕が言える誰かがそこにいてくれたらとどれほど願った事だろう。 

 March1952ーJune1955

300

今日で終わりです。邦題を付けるとしたら「冷静じゃない・・人」この題はイギリスのアメリカへの皮肉を込めた題名かも知れません。次は1月10日から1年以上かけて翻訳します。

「成田悦子の翻訳テキストとちょっとしたこと」というサイトを作りました。翻訳に関する私の考え方、具体的な翻訳手法などを書いて行きます。お正月過ぎまで休みますが、下記アドレスサイト「成田悦子の翻訳テキストとちょっとしたこと」は更新するつもりでいます。https://naritaetuko.jp/

2023年12月14日木曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳 

 3

「ヴィゴウさんは貴方に会いに来たの?」フオンが尋ねた。

 「そう、彼は15分前に出た。映画は良かった?」彼女はベドゥでトゥレイを広げ、直ぐに彼女はラムプを点けていた。

 「それはとても悲しかった、彼女は言った、「それにしても色が奇麗だった。ヴィゴウさんは何が欲しかったの?」

 「彼は僕に幾つか疑問点を糺したかった。」

 「何について?」

 「これもあれも。」

 「僕は、彼はまた僕に面倒を掛けるとは思っていない。」

 「私は、幸せな終わり方の映画が最高に好き。」フオンは言った。

 「貴方に一服用意しましょうか?」

 「そうだね。」僕はベドゥに横になり、フオンは彼女の針を動かして準備した。彼女は言った、「彼らは女の頭を切り離すの。」

 「何かするにしても可笑しな事を。」

 「それはフランス革命だった。」

 「オウ、歴史上の。僕は知っている。」

 「それはとても悲しい、ずうっと同じなの。」

 「僕は歴史の中の人々についてそんなに気を揉む事ができない。」

 「では彼女の愛人はー彼は彼の屋根裏部屋に戻ったーそれに彼は惨めだったから彼は歌を書いたー貴女も知っている、彼は詩人になった、そして間もなく彼のいい人の首を切った人々皆が彼の歌を歌っていた。それがマルセイレーゼ(マルセイエーズ)。」僕は言った。

299

2023年12月13日水曜日

Tha Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「それが昨夜、彼の誕生日だ。彼は僕達の時刻10時半で8歳だ。だから僕が知る前にシャンペイン付きのパーティを用意したんだ。僕は誰かに話したかった、ファウラ、とはいえ僕はこんなカエル野郎ども(フランス人)にははなせないよ。」

 「彼らは、今日ではポウリオウ(ポリオ)のためにいろいろできる。」

 「もし手足が不自由になったら、僕は心変わりはしない。ファウラ。彼が生きていればしない。僕を、僕が障害者になってもいい事は全くない。君は、その嫌な奴らが歌っている間、そんなところで僕が何をしていたか、君に分かる?僕は祈っていた。僕は、ことによると神が命を欲したのなら、彼は奪う事ができる。と思った。」

 「君は神を信じるの、そんな時?」

 「僕はそうしたい。」グランガは言った。彼は彼の頭が痛いかのように彼の顔を横切って彼の手全部を回した、しかしその動作は彼が涙を拭い去るという事実を偽るつもりだった。

 「もし僕が君だったら酔っぱらってしまうだろう。」僕は言った。

 「オウ、いや、僕は素面(しらふ)のままでいようとした。僕の可愛い子が死ぬ夜、僕は酔い潰れて悪臭を放っていたんだと僕は思いたくない。僕の妻は飲めない、彼女はそうできるか?」

 「君の新聞に話せないか・・・」

 「コナリは実際は病気ではない。彼はシンガポー(シンガポール)でちょっとした尾行の後、途絶えてしまった。僕が彼の代わりをするようになった。彼は、もし彼らが知ったら解雇されるだろう。」彼は不格好な体を1ケ所に集めた。「すまない、僕は君を引き留めてしまった、ファウラ。僕は何とかして誰かに話すしかなかった。。中に入って祝杯を上げよう。可笑しいな、それがたまたま君で、君は僕の勇ましさが気に食わない。」

 「僕は君のために君のストーリに力を貸すよ。僕はそれがコナリであるかのように振舞える。」

 「君はアクセントゥをちゃんと直そうとしない。」

 「僕は君を好ましいとは思わない、グランガ。僕は多くの事に目が行き届かなかった・・・」

 「オウ、君と僕、僕達は猫と犬だ。しかし心遣いには感謝する。」

 僕はパイルとは随分違ってるのかな?僕もまた僕が痛みを知る前に人生の窮地に僕の足を突っ込んではいけなかったのか?グランガは中に入り、僕は彼を迎えるために声が上がるのが聞き取れた。僕は輪タクを探して家へとペダルを漕いで貰って向かった。そこには、辺りに誰もいなかった。、そして僕は座り、真夜中まで待った。通りへと期待もせず下りた、するとそこにフォンを、見付けた。

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2023年12月12日火曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

  「どうしてそうなの?」

 「あそこにはそれに君がいる。」彼は僕のアクセントゥを少し馬鹿にしようとした。

 「君はまるで同性愛の男(プーフ)のように話す。君は随分忌々しい先輩だ。君は何でも知っている君は思っている。」

 「いい夜を、グランガ。」

 「僕は予約が入った。」

 「行かないでくれ、ファウラ。君ℍじゃ思い遣りを持った事はないのか?僕はあんなカエル達(フランス人)に口も利けない。」

 「君は酔っ払ってる。」

 「僕は二杯シャムペインを飲んだ、それで全部。」だったら僕の立場で君は酔いはしないか?僕は北へ行く予定だった。」

 「それに何か不都合でもあるのか?」

 「オウ、僕は君に話していなかった、僕はそうだった?僕はみんな知っていると思い込んでいる。僕は僕の妻から今朝電報を貰った。」

 「そう?」

 「僕の息子がポウリオウ(ポリオ)を貰った。彼はよくない。」

 「僕は申し訳ない。」

 「君がそうなる必要はない。それは君の子供じゃない。。」

 「君は故国に飛べないの?」

 「僕はできない。彼らは幾つもの地に落ちたハノイ近辺の一手に引き受けている作戦に関する記事を欲しがっているのに、コナリは病気だ。」(コナリは彼のアシスタントゥだった)

 「僕は残念だ、グランガ、僕が助けられたらなあ。」

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2023年12月11日月曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 彼は橋の手摺りに凭れ、二人の警官が彼を見守った。彼は言った、「僕は君に話さなきゃならない、ファウラ。」僕は殴れる距離に踏み込み、待った。彼は動かなかった。彼は、アメリカで僕は嫌だと僕が思うあらゆる象徴的な像のようだったー自由の像同様ひどいデザインで、無意味。彼は動かずに言った、「君は、僕がおしっこを漏らすと思う。君は間違っている。」

 「何が言いたいんだ、グランガ?」

 「僕は君に話す事がある、ファウラ。僕は今夜あんなカエル達(フランス人達)と一緒にあそこに座っていたくない。僕は君が好きではない、ファウラ。しかし君は英語を話す。英語というものを。」彼はそこに凭れた、中途半端な明かりの未踏の大陸に大柄で鋭敏さを欠いて。

 「君は何が欲しい、グランガ?」

 「僕は英国水兵が好きじゃない、ファウラ。」グランガが言った。「僕はなぜパイルが君に耐えるのか分からない。おそらくそれは彼がボストゥン(ボストン)だからだ。僕はピツバーグでそれを誇りに思う。」

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2023年12月10日日曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

僕はパイル同様とことん関わった、そしてそれは、どんな決心も二度と無邪気とはいかなくなると僕には思えた。僕は、僕の腕時計を見ると、それは10時半近くになっていた。おそらく、結局、彼は捕まってしまった;おそらく彼が信用した「誰か」が彼にかかずらわって行動し、彼は、彼の大使館で解読すべき電報に苛々しながら今も座っていた、やがてほどなく、彼は、カティナトゥの僕の部屋へと階段を踏み鳴らしながら上って来るだろう。。僕は思った、「もし彼がそうすれば、僕は何もかも彼に話そう。」

 グランガは、突然、彼のテイブルから立ち上がって僕の所に来た。彼は彼の進行方向の椅子に目を遣りもせず、彼はつまずき、その手を僕のテイブルの縁についた。「ファウラ、」彼は言った、「外に来てくれ。」僕は下に十分なメモを置いて、彼に従った。僕は彼と闘う気には全くならなかった、しかしその瞬間に、もし彼が僕の不意を突いたら僕はどうしようもなかっただろう。僕は罪の意識を軽減するにもほんの2、3の方法しか持ち合わせていない。

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Googleは「成田さんお誕生日おめでとう」の風船を飛ばして下さいました。風船を飛ばしてくれる人はいないので驚きましたが、誕生日がおめでたくなくなった時以来の感動でした。

ありがとう、Google。

2023年12月9日土曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

  僕の意志に反して僕は耳を傾けた:何のために?悲鳴?銃声?外の警官による何らかの動き?しかしどのような場合でも僕はおそらく何一つ聞こうとしないだろう、グランガのパーティはウオーミング・アプをしていた。ホテル経営者、彼は感じのよい訓練されていない声を持っていて、歌いだした、すると新しいシャムペインのコーク(コルク)栓がポンと弾けるにつれ、他の者達が加わった、しかしグランガはそうしなかった。部屋を横切ってひりひりした目で僕を睨みつけながら彼はそこに座っていた、そこに闘争心があるかどうか、僕には不可解だった:僕はまるでグランガの好敵手ではなかった。

 彼らは感傷的な歌を歌っていた、そしてChapon duc Charlesに対する僕の謝罪に支配されて空腹も覚えずに座っていたせいか、つまり僕は考えた、彼女が助かったという事を知ってから初めて、フオンの事を。僕は思い出した、ヴィエトゥを待ってその床に座りながら、どのようにパイルが言ったのかを、「彼女は花のように新鮮に思う、」僕は軽率に返事をした、「可哀そうな花。」彼女はニュー・イングランドゥを今直ぐ見ようとも、またカナスタの秘密を学ぼうともしない。多分彼女は安全を知りたくない:その広場で死体以上には彼女を評価しない僕に何の権利があった?耐え得る者は数では増やしようがない。人の体は万物が感じ得る苦しみ全てを収められる。僕は量という点でジャーナリストゥのように判定を下し、僕は僕自らの主義を裏切った;

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2023年12月8日金曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

おそらく僕がその夕方用意した幾分攻撃的な見解はアルカハリクの靄を貫通していた。つまり彼は、テイブルの上席を睨みつけながら座っていた、マダム・デプレ、広報活動将校の妻、それに報道陣連絡調整サーヴィスのデュパルク大尉は会釈し、身振りで合図した。そこには大きな男がいた、僕は、彼はプノンペン出身のホテル経営者だと思う、それに僕が前に会った事のないフレンチ女や僕がバーで観察しただけの2、3の他の面々。

 僕はパスティスを注文した、つまりパイルが来る時間を与えたかったからー計画は予定が狂い、僕は僕の夕食を、何時までも食べ始めようともしなかった。それは僕にはまだ期待するゆとりがあるかのようだった。と同時に僕は、僕が何を期待するのかしらと思った。O.S.Sに幸運を、或いは喩え彼の一味がどんな指令を出されたとしても。プラスティク爆弾やテ軍司令官に命乞いをするのか?それとも僕はーあらゆる人々の中の僕はー何か奇跡のようなものを求める:へンさんによって準備された議論の筋道、それは、単に死ではなかった?もし僕達がテ二インからの途上、二人共殺されていたらどんなに楽だったろう。僕は僕のパスティスをやりながら20分間座り、それから僕は夕食を注文した。それは間もなく9時30分になろうとしていた:彼は今直ぐ来そうもない。

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2023年12月7日木曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

  「君は楽しめばいいよ。グランガがそこにいる。彼らは格別なグランガの夜を宣伝すべきだ。背後のノイズを好むそれらのために。」

 僕はいい夜をと彼に言い、隣のドアの映画館に入ったーエロウル、或いはそれはタイロウン・パウアだったかも知れない(僕にはきちんと彼らを区別する方法が分からない)ロウプに掴まって揺らし、バルカニ(バルコニー)から跳び、テクニカラの夜明けにラバに乗った。彼は少女を救出し彼の敵を殺し、人も羨む人生を送った。それはどういうものが少年向けのフィルムと呼ぶのかだった、しかしスィーブズの宮殿から彼の血まみれの眼球を持って現れるエダパス(オイディプス)の光景は確かに今日では命というものの適切な教育を提供するだろう。どんな命も魔法をかけられてはいない。ファトゥ・ディエムでは運はパイルと共にあり、、テニインからの路上で、しかし運は続かず、彼らは魔力など働かないという事を思い知るのに2時間かかった。フレンチ兵士は女の膝の中に彼の手を入れたまま僕の側に座った。が僕は彼の幸せか或いは彼の悲惨かその単純さが羨ましかった、それがどちらであっても。映画が終わる前に僕は席を立ち、ヴィウ・ムランへと輪タクを拾った。

 そのレスタラントゥは手投げ弾に備えて鉄状網を張り巡らせてあり、二人の武装した警官が橋の突き当たりで任務に当たっていた。ペイトゥラン(パトロン)、彼は贅沢なバルガンディアン(ブルゴーニュの住民)料理を身につけて太っていた。僕を自ら鉄条網を通り抜けさせた。その場所はどんよりした夕方の暑さで肥育鶏や溶けるバターの臭いがする。

 貴方はM Granjairのパーティに加わるのですか?」彼は僕に尋ねた。 

 「いや。」

 「一人用のテイブルを?」それはその時が初めてだった、僕は、この先僕が答えるしかない尋問の事を思った。「一人用を、」僕は言った、それは殆んどパイルが死んだと大声で言ってしまったかのようだった。

 「そこにはたった一つだけ部屋があり、グランガのパーティが後ろでで大きなテイブルを占有していた;ペイトゥラン(パトロン)は、鉄条網に最も近い小さなそれを僕に提供した。そこに窓ガラスはなかった、割れたがグラス(ガラス)の心配に備えて。僕は、グランガがもてなしていた数人に見覚えがあった、そこで僕は、僕が腰を下ろす前に彼らに頭を下げた:グランガ自身はどこかを見ていた。僕は何ヶ月も彼に会っていなかったーパイルが恋に落ちた夜以来で一度っきり。

292

アメリカ合衆国、ドイツ、フィンランド、カナダ、その他、多くの国の方々に読んで頂いています。ありがとうございます。

Googleの努力あっての事です。誰しもアメリカ、Googleに様々な問題、疑問は抱えているもので、私も同じです。アメリカ、Wixのイスラエル共、最高の言論弾圧と最高の言論の自由を提供しています。金次第、努力次第ではありますが。少ない年金を書く事に向ければ貧しい私、年を取っている私にだって、できることはあります。

どうかGoogleBroggerの維持に邁進して頂けたらと思っています。微力でも、私も努力します。

2023年12月6日水曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 僕は、妙な疲れを感じた、出て行く彼と彼の犬の足のべたべた歩く音に耳を傾けながら。

僕が外に出た時、ディ’オーメイ通りよリ近く、そこには輪タク運転手は全くいなかった。僕はマジェスティクへと歩いて下り、アメリカン爆撃機の荷降ろしを見ながら暫く立ち止まった。太陽は去り、そして彼らは円弧‐ラムプの明かり働いた。僕はアラバイ(アリバイ)を作ろうという気もまるでなかった、しかし僕はマジェスティク行くよとパイルに話したものの、僕は必要とされる以上にさらに嘘を重ねる事についての不合理な嫌悪を感じた。

 「今晩は、」

 「足はどうなの?」

 「今は何ともないよ。」

 「いい話の現場を手に入れたって?」

 「僕はそれをドミンゲスに取って置いた。

 「オウ、みんなは君がそこにいたと僕に話したよ。」

 「そう、僕はいた。だがこの頃スペイスがきちきちなんだ。彼らは多くを求めたがらない。」

 「スパイスが皿から出た、そうじゃなかった?」ウイルキンスは言った。「僕達はラッセルや昔のタイムズの頃に生きるべきだった。気球で急送せよ。人はその時書いているちょっとした空想を行動に移そうとする時があった。なぜ、彼はこれから欄を考案した。豪奢なホテル、爆撃機、夜間降下。夜間は近頃降下しない、それを請け負う、一言で随分たくさんのピアストゥルで。」空の遥か上から笑うものの騒音をかすかに君は聞き取れた:誰かが、パイルがしたようにガラスを割った。その音はつららのように僕達の上に落ちた。「『ラムプは白皙の女達と勇ましい男達の上に輝いた』」ウィルキンスは悪意を持って引用した。「何か今夜する事は、ファウラ?夕食の場所をどうする?」

 「僕は、それはあるから夕食をとる事にしている。ヴィウ・ムランで。」

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2023年12月5日火曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

  「あれはそのつもりではなかった。僕はただその事で長い夕方にすれば今夜はそりゃあ面白くなるだろうとは思いました。」

 彼は身振りをして彼のグラスをひっくり返した、それは床の上で粉々に砕けた。「幸運を、」彼は機械的に言った。「僕は申し訳なく思います、タマス。」僕は、欠片を拾い上げ、それを灰皿の中に詰め込み始めた。「それについて何か、タマス?」粉々に砕けたグラスは、パヴィリアン‐バーでその中身を滴らせているボトゥルを僕に思い出させた。「僕はフォンに、貴方と一緒に出るかも知れないと警告しました。」いかに下手に選んだか、その言葉「警告するを。」僕は最後のグラスの欠片を拾った。「僕はマジェスティクに予約を取った、」僕は言った、「それで僕は9時前に都合が付けられない。」

 「じゃあ、僕はオフィスに帰るしかないと僕は思います。ただ僕は何時も捕まえられるんじゃあないかと心配です。」その一つのチャンスを与える事、そこには何の不都合もなかった。「遅れても気にしなくていい。」僕は言った。その後でここを覗くといい。僕は10時に戻るつもりだ、もし君が夕食を作れなければ、そうして君を待つよ。」

 「僕が貴方に知らせましょう・・・」

 「気に病まなくていいよ。ただヴィウ・ムランには来てくれーでなければここで僕と会おう。」僕は、僕が信じなかったその誰かにその決定を手に取り戻した:お前は、もしお前が望まなければ妨げられる:彼の机の上の電報:大使からのメシジ(メッセイジ)。お前はもしお前が未来を変えるほどの力を持っていなければお前は生存できない。「今直ぐ消えろ、パイル。そこに僕がやるしかない事がある。」

290

2023年12月4日月曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

「今朝と共にでさえなく?それが人の様相を変えてもかまわないの?」 「彼らは単なる戦争の死傷者だった、」彼は言った。「そりゃあ気の毒な事だった、しかし貴方は何時も貴方の標的を打倒できない。とにかく彼らは当たり前の原因で死んだ。」

 「君はもしそれが彼女のブルーベリ・パイを持った君の懐かしい看護婦であっても同じ事を言っただろうか?」

 彼は僕の達者な指摘を無視した。一方的に貴方は、ディマクラスィのために死んだ彼らは死んだとも言えた、」彼は言った。

 「僕はそれをヴィェトゥナメーゼにどう訳すのか知ろうともしない。」僕は突然どうにもこうにも嫌気が差した。僕は、彼にさっさとどこかへ行って死ねばいいと思った。その時、僕はもう一度人生を始められるのにー彼が入って来る前の時点に。

 「貴方は僕をまともに扱おうとしない、タマス?」彼は不平を言った、全ての夜の内の今夜のために彼の袖をたくし上げたままでいたように思える男子学生の陽気さで。「僕は貴方に何を言っていますかーフオンは映画館にいますー夕方いっぱい一緒に過ごしながら貴方と僕に関わる何を?僕は今何もする事がない。」それは外から誰かが、僕にできるだけ少しでも言い訳をさせないように彼の言葉の選び方を彼に指図しているかのようだった。彼は続けた、「僕達はどうしてシャレに行かないんですか?僕はあの夜以来そこに行っていない。食べ物はヴィウ・ムランと同じくらい実においしくて、それにあそこには音楽があります。」

 僕は言った、「僕はむしろあの夜を思い出したくない。」

 「僕は申し訳なく思っています。僕は時々口が利けない馬鹿になります、タマス。ショロンでチャイニーズ・ディナというのはどうですか?」

 「美味しいものを手に入れるために君は前もって注文して置かなければならない。君はヴィウ・ムランに驚かされる、パイル?それには、十分金網が張られ、橋の上、そこには何時も警官がいる。だから、君はこんな馬鹿者になろうとはしない、君はそうでしょ?ダカウを通ってドゥライヴするような?」

289

2023年12月3日日曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

嘗て僕達が馬鹿な事を言いふらしていた時・・・」彼はまた解き放たれた。僕は窓に戻った。

輪タク運転手は向こう側で待っていた。僕は確かではなかったー彼らはかなり似通って見えたが、彼らは別人だと思った。おそらく彼は実際客を取った。パイルは大使館で最も安全になるだろうという事、それが我が身に振りかかった。彼らはその計画を配置しなければならなかった、僕の合図に始まって、夕方もかなり遅くに備えて:ダカウ橋を巻き込む何事か。僕は、何故もどうしたらも分かるはずがなかった:きっと彼は、日没後、ダカウを通って運転するほどのそんな馬鹿ではないだろうし、橋の僕達の側は、何時も武装した警官によって守られていた。

僕はすっかりお喋りをしています、」パイルは言った。「僕にはこれはどうした事か分かりませんが、この夕べはどうしたわけか・・・」

 「続けるといい、」僕は言った、「僕はゆったりした気分でいる、それはまるで。多分僕達は夕食をキャンセルした方がいい。」

 「だめ、そんな事はしない。僕は貴方から止(と)めると思っていました、に始まって・・・十分・・・」

 「君が僕の命を救ってから、」僕は言い、僕の自ら招いた怪我の辛さはごまかせなかった。

 「いいえ僕はそんな事は言っていません。全く同様に僕達がどれだけ話したか、僕達はそうしませんでしたか、あの夜?それが僕達の最後になろうとしているかのようでした。僕は貴方に多くを学んだ、タマス。僕は貴方と同じ意見ではない、心がけています、が貴方にとっては、多分それは正しいかも知れないー巻き込まれない事は。貴女はそれを全く申し分なく続け通した、貴方の足が粉々に砕かれた後でさえ、貴方は中立のままだ。」

 「そこには何時も変化のポイントゥがある、僕は言った。「感情の或る瞬間が・・・」

 「貴方はそれに未だ達していなかった。僕は貴方が何時かそうするかどうか疑う。そして僕はどちらにも変わりそうもないー死にでもしなければ、彼は楽し気に付け足した。

288

2023年12月2日土曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

  「彼は19世紀の成人向けの詩人だった。その頃にはそういう人があまり多くはいなかった。」僕は再び通りの中を見下ろした。輪タク運転手は移動して消えた。

 「貴方は酒を切らしたんですか?」パイルが尋ねた。

 「いや。しかし君は飲まないと思って・・・」

 「多分、僕はすっかり弛み始めています、」パイルが言った。「貴方の影響。僕は、貴方は願ったり適ったりだと思っています、タマス。」

 僕はボトゥルとグラスを取って来たー僕は初めの段階でその内の一つを忘れたので僕は水のために引き返さなければならなかった。僕がその夕方した事は何事につけても手間取った。彼は言った、「貴方も知っての事ですが、僕は素晴らしい家族を頂いたところです。しかし多分、彼らは厳格な側に立ったままです。僕達はチェストゥナトゥ通りにそうした古い家の一つを持っています、貴方が右手の側の丘を登ると。僕の母はグラスを集めています、そして僕の父はー彼は彼の年代物の崖を侵食はいませんー彼にできるダーウインの草稿や協会‐原稿全てを整頓します。貴方は、彼らは過去に生きていると見ます。多分それは、ヨークが僕の上にこんな印象を築き上げた理由です。彼は、現在の状況への開口部のように思えました。僕の父は孤立主義者です。」

 「おそらく僕は君のお父さんが好きだよ。」僕は言った。「僕だって孤立主義者だもの。」

 冷静な男パイルにとって、あの夜は話していたい気分だった。僕は彼が口にした全てを聞きはしなかった、僕の心は何処か他の所にあったから。僕は、ヘンさんがしようとしたおおざっぱで明白なものでなくても、彼の裁量で他の手段を取ると自分を説得しようとした。このような戦争では、僕は分かった、そこに憎悪するほどの時間は全くない。人は所有するために武器を使うーフレンチ(フランス人)はナパーム弾を、ヘンさんは

銃弾かナイフを。僕は、僕が判事になるように仕向けられてもあまりにも遅過ぎると自分に話したー僕はしばらくの間パイルに話させようとしたが、僕は彼に警告するつもりでいた。彼は僕の家でその夜を過ごす事もできた。彼らは、そこにいてまず中断するつもりはないだろう。彼は、彼が所有した事がある老いた看護婦について話したいと僕は思うー「彼女は本当に僕の母よりずっと僕には意味がありました、そして彼女が作るのは何時もブルーベリ・パイ!」

何時僕は彼を止めたらいい。「君は今も銃を持ち歩いているのーあの夜以来?」

 「いいえ。僕達には大使館内の命令があります・・・」

 「しかし君は特殊任務に就いている?」

 「それはどんな利益も齎しはしないーもし彼らが僕を連れて行きたければ、彼らには何時でもそうできました。とにかく僕はクー(オオバン)のように目が見えない。大学で皆は僕をバトゥ(コウモリ)と呼んだーつまり、僕は、暗闇で奴らがそうできるように十分見えたのです。」

287

2023年12月1日金曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

僕達の論争のどちらにも、そこには非現実性があった。僕は僕の潮時以前にリーダ‐ライタになっていた。僕は起きて本棚に向かった。

 「貴方は何位を探していますか、タマス?」

 「オウ、僕が常々好んで来たその一節を。君は僕と夕食をとる事はできるの、パイル?」

 「僕はそうしたい、タマス。貴方がもう狂気染みなければとても嬉しい。」

 「君は本当にそれを信じるの、パイル?」

 「どうして、彼女はそこにある最も大切なものです。そして貴方にとっても、タマス。」

 「僕にとっては違う、もうとっくに。」

 「それは有り得ないほどのショックでした、今日は、タマス、しかし一週間で貴方にも分かるでしょう、簿記ウたちはそれを忘れるでしょう。僕達はその関係者もまた面倒を見ています。」

 「僕達?」

 「僕達はワシンタン(ワシントン)に電報を打ちました。僕達は僕達の基金の幾らかを使うために許可を得ます。」

 僕は彼を止めた。「ヴィウ・ムラン?9時と9時30分の間に?」

 「どこにでも貴方の望む所なら、タマス。」僕はその窓に向かった。陽は屋根々の下に沈んでしまった。輪タク運転手はなおも彼の乗客を待った。僕は彼を見下ろした、するとすると彼は僕の方に顔を持ち上げた。

 「貴方は誰かを待っているんですか、タマス?」

 「いや。ここに僕が探していた一編があった。」僕の素行を覆い隠すために僕は読んだ、残照にその本をかざしながら:

 「僕は通りを車で突っ走っても僕は全く気にならない、

 人々、彼らは見つめ、彼らは僕は誰かと尋ねる;

 そしてもし僕が偶然ごろつきを撥ねてしまえば、

 僕は被害の代償は払ってもいい、もし何時かひどく悪くなれば

 お金を持つのはそりゃあとても嬉しい、ヘイ・ホウ!

 お金を持つのはそりゃあ嬉しい。」

 「それは詩の中でも怪しい類だ、」パイルは反対のメモを持って言った。

286

2023年11月30日木曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

多分、彼は店に入った客を待っていた。これは輪タクの駐輪場ではなかった。僕が僕の時計を見た時、10分を少し超えて待っていたと見るとしたらそれは妙だった、そして、パイルがノックした。僕は彼の足音を聞いてさえいなかった。

 「入りなさい。」しかし何時ものように先に入るのは、それはその犬だった。

 「貴方のメモを受取って、僕は嬉しかった、タマス。今朝、僕は、僕に発狂した。」

 「おおかた、僕はそうだった。あれは心地良い光景ではなかった。」

 「貴方は今はそんなに分かってくれる、貴方にもう少し話すにしても、それで傷付けるつもりはありません。僕は今日の午後、テを見ました。」

 「彼を見た?彼はサイゴンにいるの?僕は、彼はどれだけ彼の爆弾が機能したか見に来たと思う。」

 「それは内密にです、タマス。僕は彼とほんの数えられるほど取引きしました。」彼は、彼の訓練をさぼっている彼の若者達の一人を見付けたスクール・ティームのカプタン(キャプテン)のように話した。全く同様に僕は、一縷(いちる)の望み

を持って彼に尋ねた、「君は彼を向こう側に放り投げたのか?」

 「僕は、もし彼が他にも制御不能の示威行為をしたら、僕達はもう彼と一緒に行動する事はないだろうと彼に話しました。」

 「しかし君はすでに彼には用がなくなったんじゃないの、パイル?」僕は、僕の踝(くるぶし)の周りの臭いを嗅いでいる

彼の犬を苛々して突いた。

 「僕にはできない。(座って、デューク。)長い行程にあって、彼は我々が持つ唯一の希望です。もし彼が我々の援助で力を発揮したら、僕達は彼に頼れます・・・」

 「君が分かる前に何人の人々が死ななきゃならない・・・?」しかし僕は、それは望みない論争だとは言えなかった。

 「分かる、何を、タマス?」

 「政治に、そこに、感謝、そんなものは全くないというという事を。」

 「少なくとも彼らは僕達を憎もうとしない、彼らがフレンチ(フランス人)を憎むようには。」

 「君は確信しているの?時に僕達は僕達の敵に対して或る種の愛情を持ち、僕達の友達に対して嫌悪を感じる。」

 「貴方はイウアラピアン(ヨーロッパ人)らしく語る、タマス。ここの人々は複雑ではありません。」

 「それは君が2、3ヶ月で習う事なの、パイル?君は次に彼らを子供っぽいと言うだろう。」

 「そんな一方的に。」

 「僕に複雑ではない子供を見付けて来てほしい、パイル。僕達が若い時、僕達は複雑さのジャングルにいる。僕達はより年を取るに連れ、単純化する。」しかし彼に話すにしても、それはふさわしい事だったか?

285

2023年11月29日水曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 Ⅱ

僕はパイルに来るようにと依頼するメモを公使館に残して置いた、それから僕は飲酒のためにカンチネンタルへと通りを上った。残骸は、皆、取り去られた;消防団は広場にホウスで水をかけた。僕は、あの時、いかにその時間とその場所が重要になり得るか何の考えも持ち合わせていなかった。僕は夕方いっぱいそこに座って、僕の予約を破棄しようと考えもした。その時僕は思った、多分僕は彼にその身の危険を警告する事によってパイルを機能不全にして脅えさせてもいいんだと。彼の危険がどんなものであっても、そしてそこで僕は僕のビアを終わりにして帰途についた。、とはいえ僕は家に着いた途端、僕は希望を持ち始めた、パイルは来はしないという。僕は読もうとした、が、僕の棚の上、そこには何もなかった。もしかして吸引するとよかった、それなのにそこには僕のパイプを準備するような者は一人もいなかった。僕はむしゃくしゃして足音に耳を傾けた。そしてついに彼らはやって来た。誰かがノックした。僕はドアを開けた、そこにはドミンゲスだけがいた。

 僕は言った、「君は何が欲しいんだ、ドミンゲス?」

 「彼は驚いた様子で僕を見た。「欲しい?」彼は彼の時計を見た。「この時間は僕が何時も来る時間です。貴方は何通か外電を持っていますか?」

 「僕は、申し訳ないー僕は忘れていた。ない。」

 「しかし爆弾に関する追跡は?貴方は何か他の分野で穴埋めしないんですか?」

 「オウ、僕のために一つ精を出してくれ、ドミンゲス。それがどうなっているのか僕には分からないーその場のそこにいながら、多分僕は少し動揺してしまった。僕は外電の期限内にその事について考えられない。」僕は僕の耳にブーンと呻りながら近づく蚊を叩き殺した、そして僕の一撃に本能的に顔を顰めるドミンゲスを見た。「それで全ていい、ドミンゲス、僕は時を逸した。」彼は憐れんでにっこり笑った。彼は命を奪うためにこの嫌な事を正当化するはずがない:結局彼はクリスチャンだったー蝋燭の中に人の死体を用意する方法をニーロウ(ネロ)から学んだそれらの一人。

 「僕が何か貴方のためにできる事がそこにありますか?」僕は尋ねた。彼は飲まなかった、彼は肉を食べなかった、彼は殺さなっかったー僕は彼の温厚さを、彼を妬んだ。

 「ないよ、ドミンゲス。ただ今夜は僕を一人にして置いてくれ。」僕は窓から彼を見ていたカティナトゥ通りの向こう側に行ってしまうのを。輪タク運転手が僕の窓の反対側の歩道の脇に駐輪していた;ドミンゲスは彼を雇おうとした、しかし男はその首を振らなかった。

284

2023年11月28日火曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「もちろん、貴方は、貴方が知っている事を警察に話してもいい。」

 「彼らはどちらにも興味がない。そこで貴方は、彼らはアメリカンに敢えて接触すると思いますか?彼は外交官特権を持っています。彼はハーバドゥの卒業生です。大使はパイルをとても気に入っています。ヘン、そこにはそこで女がいた、誰かの赤子ー彼女はそれを彼女の麦わら帽子の下に隠し続けた。僕は僕の頭からそれを取り除けない。そしてファトゥ・ディエムで、そこには別の事があった。」

 「貴方は落ち着くようにしなければ、ファウラさん。」

 「彼は次に何をするつもりでしょう、ヘン?」

 「貴方は我々を助ける用意はありますか、ファウラさん。」

 「彼がへまをしながら深みにはまると、人々は彼の失敗のために死ぬしかない。僕は貴方の部下がナム・ディンから彼を流れに乗せていたらと思う。それは数多くの暮らしに数多くの変化を齎したでしょう。」

 「僕は貴方に賛成です、ファウラさん。彼は拘禁されるしかない。僕はそう仕向ける案を持っています。」誰かがドアの後ろで微妙に咳払いをした、それから騒々しく唾を吐いた。彼は言った、もし貴方が今夜ヴィウ・ムランで彼を夕食に招待するつもりだったら。8時30分と9時30分の間に。」

 「何が有効な事か・・・?」

 「我々はその遣り方で彼に話すつもりです、」ヘンは言った。

 「彼は雇われるかも知れない。」

 「おそらくそれはもっとうまく行くでしょう、貴方が彼に、貴方に電話するよう頼んだらー6時30分に。彼はその時自由になります:彼はきっと来ます。もし彼が貴方と一緒に夕食を食べられれば、貴方の窓に貴方が日光を捕えたいかのように本をかざして下さい。」

 「なぜヴイウ・ムラン?」

 「そこはダカウへの橋の側にありますー僕達は場所を探して邪魔されずに話せると僕は思います。」

 「貴方がたは何をするつもりです?」

 「貴方は知りたがらない方がいい、ファウラさん。しかし僕は貴方に約束します、我々はその状況が許す限り紳士的に行動するつもりです。」ヘンの見えない友達は壁の後ろの鼠のように入れ替わった。

 「貴方は僕達のためにこれをするつもりですか、ファウラさん?」

 「僕は分からない、」僕は言った、「僕は分からない。」

 「より早くてもより遅くても、」ヘンは言った、だから僕は阿片館でトラウイン大尉が話した事を思い出させられた。

 「誰でも二股をかけるしかない。誰もが人間を続けるべきであるなら。」

283

2023年11月27日月曜日

The Quiet american Graham Greene 成田悦子訳

「ヘンさん、」僕は聞いた。僕はお茶に僕の頭を振った:僕はそのありふれた苦い煎じた物の長い過程を始める気分ではなかった。『僕は是非とも会わなければならない、ヘンさん。』僕の要請の切迫を彼らに伝える事、それは不可能に思えた、しかしおそらく僕のお茶の辞退の不愛想さは或る不安を齎した。或いはひょっとしたらパイルのように僕は僕の靴に血が付いていた。とにかく短時間の遅延の後、夫人の一人が僕を外へ階段の下へと案内し、二つの、旗を備えた通りに沿って、それから彼女達が呼ぼうとした何かの前に僕を残して行った、僕は、パイルの国の「葬儀場」、石で溢れた壺、その中に、結局は中国人の死者の復活させた骨が入れられる事を思った。「ヘンさん。」そこは、大農園のエロティク・カレクシュンで始まり、広場の殺害された死体と続く一日に立ち止まるに適した場所ではないように思った。誰かが奥の部屋から呼び、チャイニーズが脇へ寄って、僕を中に入れた。

 ヘンさんは自分で誠実に前の方に遣って来て、僕をどれも中国人の控えの間に使われない、歓迎しないと貴方にも分かる黒い彫刻された心地悪い椅子と並んだこじんまりした奥の部屋に僕を案内した。しかし僕は、今回、椅子は使われたという感覚を持った、そこにはテイブルの上に5つのティカプがあり、二つは空ではなかったから。「僕は会合を遮りました、」僕は言った。

 「仕事の関係、」ヘンさんは言葉を濁して言った、「さほど重要ではない事について。僕は何時も貴方に会うのを楽しみにしています、ファウラさん。」

 「僕はガルニエ地方から来ました、」僕は言った。

 「僕はそうだと思いました。」

 「貴方は聞いた事がある・・・」

 「誰かが僕に電話をして来ました。僕はしばらくはチョウさんからの距離を取るという事、それが最もいい考えでした。警察は今日非常に活動的になるでしょう。」

 「それにしても貴方はそれと一緒にすべき事は何もなかった。」

 「犯人を捜すのは警察の仕事です。」

 「それはまたパイルだった。」僕は言った。

 「はい。」

 「する事がそれは恐ろしい事だった。」

 「テ軍司令官は余り統制された人物ではありません。」

 「それに爆弾はボストンから奴らに宛てたものではない。パイルのチーフは誰ですか、ヘン?」

 「僕は、パイルさんにはマスタ(主人)が多勢いると言う印象を持っています。」

 「彼は何ですか?O.S.S.?」

 「頭文字はあまり重要ではありません。僕は今、それらは間違っていると思います。」

 「僕には何ができます、ヘン?彼は止めさせられる事になる。」

 「貴方は真実を公表できます。或いはひょっとしたら貴方にはできない?」

 「僕の新聞はテ軍司令官に興味がありません。彼らは貴方がた国民に興味があるだけです、ヘン。」

 「貴方は、実際、パイルさんが止めさせられる事を望んでいます、ファウラさん?」

 「貴方が彼を見たのなら、ヘン。彼はそこに立っていました、これは全くかなしい過ちだと、そこでパレイドゥがありさえしたら。彼は言いました、彼が大使と会う前に、彼の靴を奇麗にしてもらはなければならないと。」

282

2023年11月26日日曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 2 

ミト埠頭への途中、僕はガルニエ地方に向けてショロンから運転して出る何台もの救急車を通り越した。人は、ほとんど通りの顔の表情から噂の歩調を計算できた。それは最初に期待と推測の顔をしてその土地の方向から来ている僕自身のような誰かの上に達した。僕がショロンに入ったその時までに、僕はそのニューズを追い抜いて来た。暮らしは忙しなく、普通で、途切れない:誰もが知っていた。

 僕はチョウさんの地下室を見付け、チョウさんの家に上った。僕の最後の訪問から何も変わった事はなかった。あの猫と犬が床から段ボール箱へ、スートゥケイスへと移動した、統制不可能のチェス・ナイトゥのカプルのように。床の上を赤ん坊が這い、二人の老人がマー・ジャングのずうっと興じていた。若い人々だけが不在だった。僕が出入り口に現れると直ぐに、女性の内の一人がお茶を注ぎ出し始めた。老いた夫人はベドゥに座って彼女の足を見た。

 「ヘンさん、」僕は聞いた。僕はお茶に僕の頭を振った:僕はそのありふれた苦い煎じた物の長い過程を始める気分ではなかった。

281

2023年11月25日土曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

彼女は化粧品の間で僕への電報を見つけ出したーランダン事務所からちょっとしたメシジか他のもの。僕はそれを開封する気にならなかった。何もかもがパイルが来る前、それがそっくりそこにあった。部屋は変わらなかった、装飾品が貴女がそれを置いた場所に佇んでいた:ただ心だけが錆び付いている。

 僕は居間に戻ると、ヴィゴウは彼の唇にグラスを押し付けた。僕は言った「僕は貴方に話す事は何も手に入れていない。全く何もない。」

 「じゃあ私は帰ります、」彼は言った。「私はまた貴方を困らせようとは、私は思いません。」ドアの所で彼は希望を捨てるのは気が進まないかのように振り返ったー彼の希望或いは僕の。「あの夜、出かけて見たのはそれは貴方にとっても不思議な絵だった。私は貴方がカスチューム・ドゥラマを好むと考えもしなかった。あれは何でした?ラビン・フッドゥ?」

 「スカラムーシュ、と僕は思います。僕は時間を潰さなければならない。それに僕には気晴らしが必要でした。」

 「気晴らし?」

 「僕達は皆、個人的な心配事を持つ、ヴィゴウ、」僕は慎重に説明した。

 ヴィゴウが行ってしまった時、フオンと居間の来客を待つにはまだ一時間そこにあった。ヴィゴウの訪問にどれだけ僕が邪魔されたか、それは分からない。それは一編の詩が批評を旨とする彼の仕事を僕に齎したかのようで、ちょっとした不注意な反応から僕はそれを台無しにした。僕は使命感と無縁な男だったー人は職業としてジャーナリズムをまともに考えるはずがない、それでも僕は他の人には使命感を認められた。今、あのヴィゴウは彼の不完全なファイルを閉じるべく行ってしまった、僕は彼を呼び戻す勇気を持っとぃたらなあ、その時言うよ、「貴方は正しい。僕は、彼が死んだその夜、パイルに会った。」

280

2023年11月24日金曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 ヴィゴウが言った、「貴方は彼の殺害に出席しなかったと私には分かる。」

 「僕がここを出て10分、あそこで5分経ったという事を見せる事によって証明したいのはどんな事か、僕には分からない。」

 「それは少し空白を与えます、」ヴィゴウが言った、「少し時間に相違が。」

 「何のための空白?」

 「来て、貴方に会うまでのパイルのために。」

 「なぜ貴方はそれを証明するためにそんなにたくさん望むのか?」

 「犬のために、」ヴィゴウは言った。

 「つまりあのつま先の泥。」

 「あれは泥ではなかった。あれはセメントゥだった。貴方は見ています、どこかであの夜、」

 「あれはパイルについて行っていました、あれは濡れたセメントゥの中に足を踏み入れました。私はアパートゥマントゥの一階で、そこには仕事中の建設作業員がいたのを覚えていますー彼らはまだ仕事中です。僕は、僕が中に入るので、今夜、彼らの所を通りました。 彼らはこの国では長い時間働きます。」

 「僕は、建設業者は何軒の家と濡れたセメンtゥを受け持っているのかと不思議に思います。彼らの内の何人かは犬を覚えていました?」

 「もちろん、私はその事を彼らに尋ねました。しかし仮に彼らが持っていても、彼らは私に話そうとはしなかった。私は警官です。」彼は話すのを止め、彼の椅子の背に凭れた、グラスをじっと見つめながら。僕は、或る類推が彼に不意に浮かび、彼は思考の内に何マイルも遠のいて行ったという感覚を持った。蝿が彼の手の背の上を這っても、彼はそれを払い除けなかったードミンゲスよりちょっとは何とかしただろうに。僕は、不動で深遠な何らかの力といった直感を持った、何もかも僕は分かった、彼は祈っていたのかも知れない。

 僕は立ち上がってカートゥン(カーテン)を抜けベドゥルームの中に入った。椅子に座っているその沈黙から一瞬でも逃れること以外、僕がそこで望んだ事はそこには全くなかった。フオンの絵本が棚に戻った。

279

2023年11月23日木曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「私は一瞬たりとも貴方が彼を殺したとは思いません。貴方はまず錆びた銃剣を使うはずがない。」

 「錆びた?」

 「それらの事は我々が解剖から得るその種の詳細です。私は貴方に話しました、しかしそれが死因ではなかった。ダコヴの泥。彼はもう一杯フイスキが欲しくて彼のグラスを差し出した。

 「私に検証させて下さい、今。貴方はカンチネンタルで一杯やった?」

 「はい。」

 「そして6時45分に貴方はマジェスティクのドアの所で他のジャーナリストゥに話し掛けていた?」

 「はい、ウィルキンス。僕はこの全てを貴方に話しました、ヴィゴウ、前に。あの夜。」

 「はい。私はあの時から検証して来ました。貴方がどのように貴方の頭の中の取るに足りない詳細を伝えるのか、それは謎です。」

 「僕はリポータです、ヴィゴウ。」

 「おそらくその時間は全く正確ではない。しかし誰も貴方を非難できない、彼らにできるか、もし貴方がここを出て15分、あそこを出て10分経っていたら。貴方は時間を重く考えるべき理由は全くない。実際、貴方が完全に間違っていなかったら、それはどれだけ怪しいでしょう。」

 「僕はそうでした?」

 「全くそうではなかった。貴方がウィルキンスに話し掛けた時間は7時までに後5分でした。」

 「他に10分。」

 「もちろん。私が言った通り。そして時は貴方がカンチネンタルに着いた6時ちょうどに打ったばかりでした。

 「僕の腕時計は何時も少し進んでいます。」僕は言った。「今、それは何時を指していますか?」

 「10時8分。」

 「僕のだと10時18分。貴方には分かるでしょ。」

 彼はわざわざ見なかった。彼は言った、「その時、ウィルキンスに話し掛けたと貴方が言った時間は、25分ずれていたー貴方の腕時計では。それは全く見当違いです、そうじゃないですか?」

 「多分、僕は僕の気持ちの中で時間を調整し直しました。多分、僕は、あの日、僕の腕時計を調整しました。僕は時々そうします。」

 「私はどんな事でも興味があります、」ヴィゴウは言った、「僕はもう少しソウダを飲んでもいいですか?ー貴女はこれをかなりきつ目に作りました。貴方は僕を全く怒ってはいないという事です。僕が貴方に質問している時、質問される事、それはあまり気持ちのいい事ではありません。」

 「僕はそれが探偵物語のように面白いと気付きます。それで、結局、僕はパイルを殺さなかったんだと貴方は納得するー貴方はそう言いました。」

278

2023年11月22日水曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

或る訳で、僕はトラウイン大尉とハイフオン阿片館で何年も前に起こったらしいその夜の事を考えた、彼が口にしてしまったそれは何だったか?僕達の誰もが得つつある事は、多少、感情の一瞬に即刻或いは徐々に関わる。僕は言った、「貴方は善い牧師を作ったでしょう、ヴィゴウ。そう簡単に自白するように仕向ける事、それが貴方だったらどうですかーもしそこに何か告白すべき事があったら?」

 「僕はどんな告白も求めた事はありません。」

 「しかし貴方はそれらを受容して来た?」

 「定時から定時まで。」

 「それというのは、牧師のように、それが打ちのめされてはいけない、しかし同情的であるべき貴方の仕事だからですか?『エム.フリク、僕は、なぜ僕が老婦人の頭蓋骨を続けざまに打ったか、きちんと貴方に話さなければなりません。』『はい、グスタフ、時間を取って僕にそれはなぜなのか、話して下さい。』」

 「貴方は気まぐれな想像力を持っています。貴方は飲んでいないんですか、ファウラ?」

 「確かに、警官と一緒に飲むのは、それは容疑者にとって賢明ではない?」

 「私は、貴方は容疑者ですと言った事はありません。」

 「しかし僕の中の自白への欲求まで錠を外された飲酒を考えてもみなさい?貴方の職業では告発の秘密などない。」

 「秘密厳守は、自白する人にはほとんど重要ではない:それが牧師に対してである時でさえ。彼は他の動機を持っています。」

 「彼を潔白にするために?」

 「必ずしもそうじゃなくて。時には彼はただ彼がそうであれば自らを潔白だと思いたい。時には彼は欺瞞に飽き飽きする。貴方は容疑者ではありません、それでも私は貴方がなぜ嘘を吐くのか知っておきたい。貴方は彼が死んだその夜パイルを見た。」

277

2023年11月21日火曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 Part Four 

僕は彼女が無事に筋書きの外に居ようとするように彼女の姉妹を映画に伴うお金をフオンに渡して置いた。僕は、僕一人でドミンゲスと一緒に夕食に出掛けて戻った、僕の部屋でヴィゴウが10時きっかりに立ち寄る時を待ちわびて。彼は一杯もやらない事を詫びたー彼は随分疲れたので眠るために一杯彼に送るといいと言った。それは実に長い一日だった。

 「殺人と急死?」

 「いや、些細な盗み。それに2、3の自殺。これらの人々はギャンブル好きで彼らが何もかも失った時、彼らは自分を殺す。おそらく私は警官になろうとはしなかった、もし私が遺体安置書で何時間も過ごさなければならないと知っていたら。私はアモウニア(アンモニア)の臭いが好きではない。おそらく結局私はビアを飲みたくなる。」

 「僕は冷蔵庫を持っていない、僕は恐縮します。」

 「僕は彼と一緒に遺体安置書に降りて、彼らが角氷のトゥレイのようにパイルの体を滑らせて出したその夜を覚えていた。

 「それで君は母国に帰らないの?」彼は尋ねた。

 「貴方は調べてしまいました?」

 「はい。」

 僕は彼にフイスキを差し出した、彼は僕の神経がいかに穏やかになったか彼が察知できるように。「ヴィゴウ、僕はパイルの死に関係があるとなぜ貴方が思うのか、僕は貴方が話してくれたらなあと思います。これは動機についての質問ですか?僕は望んでいた、それはフオンに戻ってほしいと?それともそれは彼女を失ったための復讐だったと貴方は想像している?」

 「いいえ、私はそんなに馬鹿ではありません。人はその敵の書物を記念品として奪いません。そこに、それは貴方の棚にあります。The Role of the West。このヨーク・ハーディングは何者ですか?」

 「彼は貴方が探している男です、ヴィゴウ。彼がパイルを殺したー長い射程で。」

 「私には分かりません。」

 「彼はジャーナリストゥの中では優れた方ですー彼らは彼らを外交記者と呼びます。彼は一つの考えを掌握するとそれからその考えに合うようにあらゆる状況を変えます。パイルはヨーク・ハーディングの考えを詰め込んでここから出て行きました。ハーディングはバンコクから東京への彼の途上一週間に一度ここにいました。パイルは実践の中に彼の考えを入れ込むと言う過誤を犯しました。ハーディングは第三勢力について書きました。パイルは一つ形にしましたー2,000の男達と飼い慣らされた一組の虎を連れたお粗末な山賊。彼の関わり合いになった。」

 「貴方はやっていない、貴方はやっています?」

 「僕は関わらないようにしました。」

 「しかし貴方は失敗した、ファウラ。」

276

2023年11月20日月曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

彼は男子学生の夢のようにファトゥ・ディエムへと舟を漕いで下り、とにかく彼の目に兵隊は数に入らなかった。

 辺りを見回そうと彼の肩の上の僕の手で僕は押した。僕は言った、「これはこの場所が女達と子供らで何時もいっぱいになる時間だー今は買い物をする時間だ。なぜ全ての時間の内その時を選んだのか?

 彼は弱々しく言った、「そこでパレイドゥがある予定だった。」

 「そこで君は数人の大佐を捕まえたかった。ところがパレイドゥは昨日キャンセルされた、パイル。」

 「僕は知らなかった。」

 「知らなかった!」

 ストゥレチャが置いてあった血のしみの中に僕は彼を押した。「君はもっと十分に知らされるべきだ。」

 「僕は町から出ていました、」彼は言った、彼の靴を見下ろしながら。「彼らはそれを中止すべきだった。」

 「それで楽しみを逃がした?僕は彼に尋ねた。「君は彼の示威行動を見逃がすようテ軍司令官に期待するの?これはパレイドゥよりいい。女達と子供らにはニューズだ、が兵隊にはそうではない、戦争中だ。これは世界の報道陣を叩くだろう。君は申し分なく地図上にテ軍司令官を置いた、パイル。君は第三勢力と国家民主主義を君の右の靴中に得た。フオンの所に帰って君のヒーロウの死滅について彼女に打ち明けるんだーそこにはあれこれ気に病んでも彼女の仲間は数ダズンもいない。」

 小太りの牧師はナプキンの下の皿に何かを乗せて運びながら側をすばしこく走った。パ何時は長い間黙ったままだった、それに僕はもう何もいう事はなかった。実際僕は既に多くを言い過ぎていた。彼は青褪め、打ちのめされ、今にも気絶しそうに見えた、そこで僕は考えた、「何が有効か?彼には何時も悪気はない、お前は無邪気さを非難出来ない、それらには何時も罪がない。お前にできる全てはそれらをカントゥロウルするか、それらを排除する事だ。無邪気さは一種の精神錯乱だ。」

 彼は言った、「彼はこれをするつもりはなかった。僕は、彼はしていないと確信している。誰かが彼を騙した。カミュにストゥ達・・・」

 彼は彼の善良な意思と彼の無学によってびくともせず、装甲が施されていた。僕は彼を広場に立ったまま残し不気味なピンクの大聖堂がその道を塞ぐまでカティナトゥ通りをどんどん上って行った。既に人々は中に集まっていた;死者のために死者に対して祈る事ができる、それは彼らには慰めになったに違いない。

 彼らと違って、僕には感謝の理由があった、フオンは生きていなかったか?フオンは「警告」されなかったか?という。しかし僕が覚えていたのは広場の胴体、、母親の膝の上の赤ん坊。彼らは警告されなかった:彼らは十分大切ではなかった。そしてもしパレイドゥが場所を占めていたら、彼らはちょうど同じようにそこにいなかったのではないだろうか?兵隊を見て、演説者に耳を傾け、花を投げようという好奇心を奪われては。200パウンド爆弾は無差別だ。何名の死んだ大佐らが輪タクの運転手達の死者、君達が国家民主主義を築いている時、正当化するのか?僕は、自動輪タクを止め、僕はミタォ埠頭まで僕を連れて行くよう話した。

275

2023年11月19日日曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「後ろで我慢しなさい、」彼は言った。「ここの誰にも友達はいる。」彼は一人の牧師を通らせるために片側に立っていた、そこで僕は牧師の後について行こうとしたが、彼は僕を引き戻した。僕は言った、「僕は報道陣です、」そして僕が僕のカードゥを入れている財布を無意味に探した、しかし僕はそれを見付けられなかった:僕はそれを持たずにその日、外に出てしまったのか?僕は言った、「少なくともミルク・バーに何があったのか、僕に話して下さい:」スモウクが収まって来たので僕は確かめようとしたが、群衆が間で膨らみ過ぎていた。彼は僕が受け止めなかった何かを言っていた。

 「貴方は何て言いました?」

 彼は繰り返した。「僕は知らない。後ろで我慢しなさい。貴方はストゥレチャを遮っています。」

 僕は、パヴィリオンに僕の財布を落とせたか?僕が戻ろうとして向きを変えると、そこにパイルがいた。彼は叫んだ、「タマス。」

 「パイル、」僕は言った、「クライストゥの道標のために、君の公使館通行許可証はどこにある?僕達は向こう側に行けるようになるんだ。フオンはミルクバーにいる。」

 「いや、いや、」彼は言った

 「パイル、彼女はいる、彼女は何時もそこに行く。11時30分に。僕達は彼女を見付けなきゃ。」

 「彼女はそこにはいないよ、タマス。」

 「どうして君に分かる?君のカードゥはどこにあるの?」

 「僕は行かないように警告した。」

 僕は警官の方を振り返った、日世湯野川に彼を投げ込む事を意図して、広場を横切ってそれに向かって一っ走りさせる:彼が撃とうとかまわない:僕は気にもしなかったーとその時その言葉「警告する」が僕の意識に達した。僕は腕でパイルを掴んだ。「警告?」僕は言った、「『警告』とは、君はどういうつもりだ?」

 「僕は、今朝、彼女に近付かないように話した。」

 その断片は僕の心に揃って落ちた。「それでウォレンって?」僕は言った。「ウォレンって誰だ彼もまたあの女達にあの女達に警告したんだ。」

 「僕には分かりません。」

 「そこでアメリカン死傷者を一人も出してはならない、そこではいけないでしょ?」救急車が広場の中へとカティナトゥ通りを上るその道を押し進み、僕を止めて来た警官はそれを通すために一つの側に僕を移した。彼の側の警官は論争していた。僕は僕達が止められそうになる前に、広場の中へとへとパイルを前方に僕の前に押した。

 僕達は会葬者の集まりの間にいた。警官は広場に入ろうとする他の者達を妨げられただろう;彼らは生存者や初めての‐来訪者の広場をすっきりさせるには無力だった。医師達は死者の世話をするのにあまりにも忙しかった、だから死者はその所有者に残された、人は椅子を所有するように、人は死者を所有できるのだから。一人の女性が土の上に、彼女の膝の中の彼女の赤ん坊から捨て去られたものと共に座っていた;彼女は彼女の麦わら田舎帽子でそれを覆って来た慎み深さのようなものと共に彼女はじっとして黙っていた、広場の中で僕が最も心打たれたのはその沈黙だった。それは、僕が一度マス(ミサ)の間訪れた教会のようだったー唯一の物音は、東洋の慎ましさ、辛抱強さや礼儀正しさによって恥をかかされたかのように、あちこちでイウアラピアンらがしくしく泣き、嘆願し、再び沈黙に落ちたところを除いて誰からともなく出ていた。足のない胴体が庭の縁で未だピクッと動いた、その頭を失くした鶏のように。男のシャートゥ(シャツ)からすると、彼は多分輪タク運転手だった。

 パイルは言った、「これはひどい。」彼は彼の靴の上の濡れたものを見て、気持ち悪そうな声で言った、「それは何?」

 「血。」僕は言った。「僕が大使に会う前にこれを奇麗にして貰わなくちゃ。」僕は、彼が言っていた事を彼が分かっていたとは思わない。彼は初めて現実の戦争を見ていた:

274

2023年11月18日土曜日

The quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 僕はパイルが彼に会わなくてよかったと思う:彼抜きでも十分不快だった、パイルの想像上の「典型的植民地主義者」に彼の主要作品をその男は貸してもよかったのだ。僕が外に出た時、それは11時半近くだった、そして僕は冷えたビアを求めてパヴィリアンまで下った。そのパヴィリアンはイウアラピアンやアメリカンの婦人のためのカフィ・センタで、僕がそこでフオンに会う事はないと僕は確信していた。実際僕は、彼女は昼間のこの時間に何処にいるか正確に知っていたー彼女は、彼女の習慣を破るような女ではなかった、そしてだから農園主のアパートゥマントゥから来つつ、昼間のこの時間にチョーカリットゥ・モールトゥを飲むミルクバーを避けるために道路を渡った。二人の若いアメリカン娘が隣のテイブルに、暑い中、きちんとして小ぎれいで、アイス・クリームをすくい上げながら座っていた、彼女達はそれぞれバグを左肩にゆったりと掛けていた、そしてそのバグは真鍮の鷲のバジがついていて全く同じだった。彼女達の足も全く同じだった。長く、ほっそりとしていた、そして彼女達の鼻はまさに光を遮るものと表題が付いていた。、それから彼女達は、まるで彼女達が大学の研究室で実験をしていたかのように彼女達は集中して彼女達のアイス・クリームを食べていた。僕は、彼女達はパイルの同僚だったかしらと思った:彼女達は魅力的だった、だから僕もまた彼女達を家に送りたくなった。彼女達は彼女達の、アイスを終えた、そして一人が彼女の腕時計を見た。「私達行く方がいいわね、」彼女が言った、「安全な側にいなきゃ。」僕は彼女達がどんな約束があるのかやたらに知りたくなった。

 「ウォレンは言ったわ、私達は11時25分より遅くなってはいけないって。」

 「時間は今はもうそれを過ぎている。」

 「このままでいる事、それはワクワクするに決まっている。私は、これが全てとはどんな事なのか分からない、貴方もでしょ?」

 「正確には知らないわ、だけどウォレンはよくはないと言っていた。」

 「これは示威行動だと貴女は思うの?」

 「私は随分たくさん示威行動を見たわ、」もう一人が飽き飽きして教会に溢れた旅行者のように言った。

彼は立ち上がり、そのテイブルの上にアイスの代金を置いた。行く前に彼女がカフェを見回すと、あちこちの鏡がそばかすのあるあらゆる角度で彼女の横顔を捕えた。そこにはただ自分と丹念にそれでいて無駄にその顔を作り上げている野暮ったい中年のフレンチ女性だけが残された。その二人にはほとんどメイク・アプ、口紅の素早い殴り書き、髪を梳く櫛は要らなかった。たちまち、彼女の一瞥は僕の上で休止したーそれは一女性の一瞥に不似合いだった。しかし男のもので、実に真っ直ぐで、行動のいろんな道筋に思いを巡らしていた。その時、彼女は急に彼女の仲間の方を向いた。「私達は離れる方がいい。」彼女達が陽が割れた通りへと並んで出て行く彼女達をぼんやり見ていた。彼女達のどちらも取り散らかし情熱に対する犠牲者を想像する、それは不可能だった:彼女達は、乱れたシーツやセクスの汗に属さなかった、彼女達は自分用に消臭剤を使ったのか?僕は、あっという間に、彼女達の滅菌された世界を妬んでいる自分に気付いたー僕が生息するこの世界と随分懸け離れているーそれは突然不可解な事に粉々に砕け散った。壁の二つの鏡が僕の所に飛んで来て中途半端に割れた。あの野暮ったいフレンチ女性は椅子とテイブルの残骸の中で膝まづいていた。彼女のカムパクトゥは僕の膝の中で開き、無傷のままだった、そして十分奇妙な事に、僕は前に座っていた所にそのまま座っていた、僕のテイブルがフレンチ女性の周りの残骸に加わったのだが、。奇妙な庭の‐音がカフェを埋め尽くした:噴水の規則正しい滴り、そしてバーに目を遣ると、僕は、色取り取りの流れにその中身がなくなったままの粉々に砕けた瓶の列を見たーポートゥの赤、クワーントゥロウのオリンジ、シャートゥルーズのグリーン、パスティースの濁った黄、カフェの床を横切り。フレンチ女性は立って穏やかに彼女のカムパクトゥの周りを見た。僕はそれを彼女に渡すと彼女は改まって僕に礼を言った、床に座りながら。僕は、僕にはあまりよくは聞こえなかったという事が分かった。その爆発は余りにも近かったので僕の鼓膜はまだ圧力から回復しなかった。

 僕はかなりひねくれて考えた、「プラスティクに伴うもう一つの冗談:ヘンさんは今直ぐ書く事を僕に期待するのか?それにしても僕はその場所ガーニエに入った時、僕はこれは冗談ではないという事をスモウクの重い雲で悟った。そのスモウクは国立劇場の前の駐車場で燃えている車から上がっていた。車の破片が広場の上に散らばり、その足のない男が装飾用の庭の縁でピクッと動きながら横たわっていた。人々はカティナトゥ通りから、ボナードゥ大通りから中に集まっていた警察‐車両のサイアラン(サイレン)、救急車と消防車の鐘は、僕の衝撃を受けた鼓膜に或る距離をおいて届いた。ちょっとの間、僕は広場の他の側のミルク‐バーにフオンがいたに違いないという事を忘れていた。煙が棚引き、僕は見通しが利かなかった。

 僕は広場に踏み出ると警官が僕を止めた。彼らは群衆が増えるのを妨げるために縁の周りに非常線を張って来た、そして既にストゥレチャが現れ始めていた。僕は、僕の前の警官に嘆願した、「渡らせて下さい。僕には友人がいます・・・」

273





2023年11月17日金曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「僕はいろんな本も持っている、」彼は言った、「それを僕はおまけに付けますよ、僕はフランスにこれらを持ち帰るつもりでいたんだが。」彼はグラス(ガラス)の付いた本箱の錠を開け、僕に彼の蔵書を見せたーそこにはアフロディテとナナの高価なイラストゥレイトゥの入った版があった、そこには数冊のラ・ギャフソナやポール・デ・コックがあった。僕は、彼は彼のカレクションと一緒に彼自信を売るつもりかどうか彼に尋ねようとする誘惑に駆られた:彼はそれらを持って行った:かれにもまた時限があった。彼は言った、「もし君が熱帯地方で一人で暮らせば、カレクションは友人だ。」

 僕はふとフオンの事を考えた、彼女の完全な不在故に。だからそりゃあ何時もそうだ:砂漠に逃れる時、お前の耳は静寂が叫び声を上げる。

 「僕の新聞はアートゥ・カレクションを買う事を僕に許すとは思わない。」

 彼は言った、「それはもちろん、リシートゥ(レシート)に載せないつもりだよ。」

 僕はパイルが彼に会わなくてよかったと思う:彼抜きでも十分不快だった、パイルの想像上の「典型的植民地主義者」に彼の主要作品をその男は貸してもよかったのだ。僕が外に出た時、それは11時半近くだった、そして僕は冷えたビアを求めてパヴィリアンまで下った。そのパヴィリアンはイウアラピアンやアメリカンの婦人のためのカフィ・センタで、僕が底でフオンに会う事はないと僕は確信していた。実際僕は、彼女は昼間のこの時間に何処にいるか正確に知っていたー彼女は、彼女の習慣を破るような女ではなかった、そしてだから農園主のアパートゥマントゥから来つつ、昼間のこの時間にチョーカリットゥ・モールトゥを飲むミルクバーを避けるために道路を渡った。二人の若いアメリカン娘が隣のテイブルに、暑い中、きちんとして小ぎれいで、アイス・クリームをすくい上げながら座っていた、彼女達はそれぞれバグを左肩にゆったりと掛けていた、そしてそのバグは真鍮の鷲のバジがついていて全く同じだった。彼女達の足も全く同じだった。長く、ほっそりとしていた、そして彼女達の鼻はまさに光を遮るものと表題が付いていた。、それから彼女達は、まるで彼女達が大学の研究室で実験をしていたかのように彼女達は集中して彼女達のアイス・クリームを食べていた。僕は、彼女達はパイルの同僚だったかしらと思った:彼女達は魅力的だった、だから僕もまた彼女達を家に送りたくなった。彼女達は彼女達の、アイスを終えた、そして一人が彼女の腕時計を見た。「私達行く方がいいわね、」彼女が言った、「安全な側にいなきゃ。」僕は彼女達がどんな約束があるのかやたらに知りたくなった。

 「ウォレンは言ったわ、私達は11時25分より遅くなってはいけないって。」

 「時間は今はもうそれを過ぎている。」

 「このままでいる事、それはワクワクするに決まっている。私は、これが全てとはどんな事なのか分からない、貴方もでしょ?」

 「正確には知らないわ、だけどウォレンはよくはないと言っていた。」

 「これは示威行動だと貴女は思うの?」

 「私は随分たくさん示威行動を見たわ、」もう一人が飽き飽きして教会に溢れた旅行者のように言った。

272

2023年11月16日木曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 Ⅱ


何週も移り変わり、ところがどうした事か、僕は未だに僕自身新しいフラトを探さずにいた。僕は時間がないなんて、それはなかった。戦時の一年の難局は繰り返し通り過ぎた。暑く湿った霧雨は北の上に定着した:フレンチはホア・ビンの外にいた。トンキンの稲-作戦、ラオスの阿片-作戦が終わった。ドミンゲスは、北で必要とされる全てを簡単に取材できた。ついに僕はカンチネンタル・ホテルの向こう、カティナトゥ通りのもう一方の端に立ったいわゆる近代ビルディング(パリス博覧会1934?)の中の一つのアパートゥマントゥに巡り合った。それは母国に帰ろうとしているゴム農園主のサイゴン仮住まいだった。彼はそれを錠、在庫と樽を売りたかった。僕は何時も樽には何が入っているのかしらと思った:在庫はと言うと、そこには1880と1900の間のパリスサロンからの大量の彫刻があった。それらの最高級の下品な要因は、驚くべきヘア‐スタイルとなぜか何時も裂けた尻を剝き出しにして戦場に隠れた紗の掛け布を纏(まと)った大きな胸をした女だった。バス・ルームで、農園主はそれ以上に彼のロプスの模造品と並んで大胆だった。

 「貴方は芸術が好きですか?」僕は尋ね、陰謀を企む大学の評議員のように彼は僕ににやにや笑い返した。彼はささやかな黒い口髭と十分ではない頭髪を持ち、太っていた。

 「僕の最高の絵画はパリスにある、」彼は言った。居間のそこには彼女のヘアにボウルを忍ばせた裸婦のように作られた驚くほど背の高い灰-皿があり、そこには虎を抱いている裸の少女の中国装飾があり、一つは極めて風変わりで、少女の一人は自転車に乗りながら腰まで脱いでいた。ベドゥ・ルームには、彼の巨大なベドゥの向かいに、一緒に眠っている二人の少女の大きな光沢のある油絵があった。僕は彼のカレクション抜きのアパートゥマントゥの値段を彼に尋ねた、しかし彼はその二つを切り離す事に同意しようとはしなかった。

 「君はカレクタじゃないの?」彼は言った。

 「まあ、違います。」

271

2023年11月15日水曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「ヨーク!」彼は一回の踊り場から僕をじっと見上げた。

 「僕達は典型的植民地時代の人間だ、パイル、ところが僕達は少しだけ現実を学んだ、僕達は勝負をしないよう学んだ。この三番目の力ーそれは一冊の本から登場する、それが全て。テ将軍は数千人の男達を引き連れたただの山賊だ:彼は国民的民主主義者ではない。」

 それはまるで彼が見返しを落としたままそこに今誰がいるかを見るために郵便-受けから僕を睨んでいるかのようで、歓迎しない侵入者を締め出してしまった。彼の眼差しは風景の外にあった。「僕は貴方が何を言いたいのか分かりません、タマス。」

「ああした自転車爆弾。それらは好都合な冗談だ。喩え一人の男が足を失ったとしても。しかし、パイル、君はテのような男を信用してはだめだ。彼らはカミュニズムから東洋を救おうとしてはいない。僕達は彼等の類を知っている。」

 「僕達?」

 「典型的植民地主義者。」

 「僕は、貴方はどちらの立場も取っていないと思いました。」

 「僕はそうじゃない、パイル、しかしもし君の衣装箱の中の物を散らかし始めたらそれをジョウに委ねなさい。フオンを連れて母国へ帰れ。第三の力を忘れるな。」

 「もちろん僕は何時も貴方の忠告を尊重します、タマス。」彼は礼儀正しく言った。

 「じゃあ、僕は君に会うつもりだ。」

 「僕もそう思っています。」

270

2023年11月14日火曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「すると僕達は友達のままでいい、タマス?」

 「そう、当然。ただ僕はフオンをむしろ見たくないだけ。それがそのままここいら辺り、そこに彼女が全く過不足なくいる。僕は他のフラトゥを見付けなければー僕に時間がある時。」

 彼は彼の足を解いて立ち上がった。僕はとても嬉しい、タマス。僕がどれだけ嬉しいか貴方に話しようもない。僕は前にそう言いました。、僕は分かっていますが、それが貴方でなかったらと心から願います。」

 「僕はそれが君であってよかった、パイル。」その面談は僕が予測した道順ではなかった:表面的な怒りの仕組みの下で、幾分、より深刻な水準で、行動の誠実な計画は練り上げなければならなかった。彼の無知が僕を怒らせた時全て、自分の中の或る裁判官はその好みで意見をまとめた、彼の観念論を、ヨーク・ハーディングの研究に基づいた彼の半分-焼けた思想を、僕のシニシズムと比べた。オウ、僕は現実に対して真っ直ぐだった、しかし彼は、新しい事や間違った事に対して真っ直ぐではなかった、彼はおそらく女にとってその一生を共に過ごすにはよりふさわしい男ではなかった?

 僕達はおざなりに握手をした、しかし幾らか考え出された恐れは、階段の先端まで僕を彼にすっかり従わせ、彼の後から呼び掛けさせた。多分そこには僕達の正真正銘の結論が下されるそうした屋内の法廷の裁判官と同様に首尾よく預言者がいる。「パイル、ヨーク・ハーディングにあんまり多くを委ねるな。」

269

2023年11月13日月曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

僕はグランドゥ・モンデのあの初めての夜、彼女の白いドレスに身を包み、彼女の18歳の足取りで実に優美に振舞っている彼女を思った、そして僕は1ヶ月前、ソンム大通りの肉屋で肉を値切っている彼女を思った。彼女はセラリ(セロリ)がセラフェイン(セロファン)に包まれていてもあの明るく清潔な小じんまりしたニュー・イングランドゥの食料雑貨店が好きなんだろうか?おそらく彼女はそうなんだ。僕は話す気もしない。おかしな事に僕は自分が1ヶ月前パイルがそうしても仕方なかったように言っている事に気付いた、「彼女とは気楽に行け、パイル。物事を強いるな。彼女は君か僕のように傷付き易い。」

 「もちろん、もちろん、タマス。」

 「彼女はとても小さくて壊れ易くて、僕達の女には似ていないように見えても彼女の事を装飾品としてーとして考えるな。」

 「それはおかしい、タマス。物事は打って変わって上手く行くか。僕はこの手の話を恐れて来た。僕は、貴方は不屈だろうと思っていました。」

 「僕は考える時間を持った、北に上って。あそこにはあそこで女がいた・・・おそらくあの売春宿で君が見たものを僕は見た。彼女が君と遠くへ行く、それはいい事だ。僕は、或る日、グランガのような誰かと一緒に彼女は背を向けて去るかも知れなかった。」

268

2023年11月12日日曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「実際問題、僕は臨時の休暇を取りたいと思っています。その時に僕達は故国で結婚できたらいいーきちんと。」

 「それは故国でやる方がいいの?」

 「さあ、僕が考えるにー貴女にこうしたことを言うのは面倒だ、貴方は随分取り繕った皮肉屋だ、タマスしかしそれは敬意の証拠です。僕の父と母がそこにはいますー彼女は家族に加わりたい。それは過去を考えると大切です。」

 「過去って?」

 「貴方は僕が何を言いたいか知っています。僕はどんな汚名でも彼女をそこに隠したままにして置きたくはありません・・・」

 「君が彼女を隠したままにするんだろ?」

 「僕はそこで推測しますと。僕の母は素晴らしい女性ですーあの人は彼女を連れ回り、彼女を紹介するでしょう、貴方も分かっているでしょ、彼女を割り込ませます。あの人は僕のために喜んで家庭を準備するために彼女を援助します。」

 僕はフオンに対して済まなく思うべきか否か分からなかったー彼女は摩天楼や自由の女神を随分楽しみにしていた、それにしても彼女は、彼女達が巻き込まれようとする全てに極めて狭い了見しか持っていなかった。教授とパイル婦人、女達のランチクラブ;そうしたものは彼女にカナスタを教えるつもりか?」

267

2023年11月11日土曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「座って、パイル、」僕は言った。僕がこれに目を通す間僕を自由にしてくれ。これは僕の事務所からだ。」

 僕はそれを開いた。ともすると予期せぬことは時機を失して起こりがちだ。編集長は、彼は僕の最近の手紙インドーチャイナの混乱した事態という見地のそれを考慮して書いていた。ラトゥル将軍の死とホア・ビンからの退却に倣って、彼は僕の示唆に賛成だった。彼は仮の外国人編集者を任命してしまっていたが、少なくとももう後一年の間インド‐チャイナに僕をこのままにして置くつもりでいたんだろう。「僕達は貴方のために椅子を暖め続けましょう、」彼は完全な無理解で僕を安心させた。彼は僕が業務や新聞に関心がないと思い込んでいた。

 僕はパイルと向き合って座り、余りにも遅れて届いたその手紙を読み返した。少しの間、僕は、人が思い出す前にたちどころに気付くように高揚を感じた。

 「悪いニューズ?」パイルが尋ねた。

 「いや。」それはとにかくわずかな変化も齎せようともしなかったと僕は自分に言い聞かせた:一年間の刑の執行の猶予は婚姻の調停に持ち堪えるはずがなかった。

 「君はその内結婚するの?」僕は尋ねた。

 「いいえ。」彼は赤面した―彼は赤面する事に於いては優れた才能を持っていた。

266

2023年11月10日金曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「やあ、パイル。君はどうやって入った?」

 「僕はドミンゲスに会いました。彼は貴方の郵便を持って来ていました。僕は彼にこのままいさせてくれと頼みました。」

 「フオンが何か忘れたの?」

 「オウ、いいえ、ジョウは僕に貴方は公使館に行ったと教えてくれました。僕はここで話す方が気楽だろうと思いました。」

 「何について?」

 何らかの学校の儀式で、話そうとして手を上げた少年が、まとまった言葉を見付けられないように彼は当惑した素振りを見せた。

 「貴方は遠くへ行ったんですか?」

 「そう。それで君は?」

 「オウ、僕は旅をして回っていた。」

 「未だプラスティクを弄んでいるの?」

 彼は不幸そうににっこり笑った。彼は言った、「貴方の手紙はその上にあります。」僕はそこには今僕に興味を持たせるものが全くないのは一目で分かった:そこにはランダン(ロンドン)の僕の事務所から一通、請求書のように見えるものが幾つかと僕の銀行から一通があった。僕は言った「フオンはどうしてる?」

 彼の顔はあの特別な音声に反応する電気仕掛けの玩具の一つのように自動的に明るくなった、彼は言った、そして彼の唇は彼があまりに遠くへ行ってしまったかのように、上下とも、固まって動かなくなった。

265

2023年11月9日木曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 2



僕を歓迎する者のないサイゴンへの初めての帰還、それは不慣れだった。空港でカティナトゥ通り以外に僕のタクシを向けられるどこか他にそこにあればよかった。僕は自分に対して思った:「僕が離れて行った時に比べたら、痛みはこれっぽっちもない?」そしてそれはそうだと自分を納得させようとした。僕が踊り場に着いた時、僕はドアが開いているのを見て、僕は理由のない希望で息ができなくなった。僕は実にゆっくりとドア方へ向かった。ドアに辿り着くまで、希望がそのままであれば。僕は椅子がキーッという音を立てるのを耳にした、そして僕がドアに近寄ると、僕には一揃いの靴が見えたが、それは女の靴ではなかった。僕が急いで中に入ると、そこに、フオンが何時も使っていた椅子から決まりの悪い重いものを持ち上げたパイルがいた。

 彼は言った、「やあ、タマス。」

 264

2023年11月8日水曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

  「彼女は手に入るとどうやって貴方は知るの?」

 「僕は自分が彼女と寝た事があり、それにぺリン中尉も。500ピアストゥル。」

 「高い。」

 「彼女は300で成功すると僕は期待している、しかし状況次第で誰かが割安になっても気にはしない。」

 しかし彼の助言では感触がよく分からなかった。男の体は遂行する筈の行為の中で制限され、僕のものは記憶によって凍り付いた。その夜僕の手が触れたものは、僕が何時もそうしたものよりずっと美しかったかも知れないが、僕達は美しさにだけ惹かれて進入の瞬間、罠に掛けられはしない。彼女は同じ香水を使い、そして唐突に僕が失ったものの幻影は、僕の処理で伸ばした体よりずっと魅力的だと判明した。

 「僕は動いて離れ、僕の背中の上に横たわり、欲望は僕の外に排泄した。

 「僕は済まないと思う、」僕は言った、そして嘘を吐いた、「どうしたのか僕にも分らない。」

 彼女は大げさな甘ったるさと勘違いで言った、「気にしないで。それはよくそんな風になるものよ。それが阿片なの。」

 「そうだね。」僕は言った、「阿片。」そして僕はそうであったらと天を仰いで請うた。

263

2023年11月7日火曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

「君はジャーナリストゥだ。君は我々が勝てないという事を僕が分かっている以上によく分かっている。君が知っての通り、ハノイへの道路は断たれ、毎晩地雷が敷設される。我々は毎年セン・シルの一クラスを失った。我々は‘50に危うく打ち負かされるところだった。ラトゥル将軍は我々に猶予期間2年を与えたそれが全てだ。しかし我々は玄人だ:我々は政治家が止めるように告げるまで闘い続けるしかない。おそらく彼らは一斉に手に入れ、開始時、これらの年月を通して無分別の行使時、実感できたのと同じ平和には応じるつもりだろう。ダイヴがクリスマス・マスクのように或る種の玄人の残忍さを身に付ける前、僕にウインクをした彼の危険な表情、紙面の穴を通してそこから子供っぽい目がじっと見る。

 「君は無分別を理解しようとはしない、ファウラ。君は我々の中の一人ではない。」

 「そこには何年も無分別を行う人のもう一つの事情がある。」彼が年長者であるかのように妙な保護的素振りで僕の膝の上に彼の手を置いた。「彼女を母国に伴えば。」彼は言った。「その方が一服よりましだよ。」

262 


2023年11月6日月曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

  「そうしたものは気まぐれだ。それらはただナパームを伴っただけで起こる。気休めに僕がイウアラプを守っていると、僕は思う。そして君も知っての通り、その他はー彼らは幾つもの極悪非道な事もまたしでかす。彼らは1946にハノイの外に追いやられた時、彼らは彼らの所有する人々の間に怖ろしい遺品を残したー彼らがそう思った人々は我々を救った。遺体安置書、そこに一人の少女がいたー彼らは彼女の胸を切り取っただけではなく、彼らは彼女の恋人を切断し、彼の・・・を詰め込んだ。」

 「それは、なぜ僕が巻き込まれないのかだ。」

 「それは理由とか正当性の問題じゃあない。僕達は誰しも激情の一瞬、巻き込まれ、そしてその時逃げ出せなくなる。争いと慈しみーそれは常に比較されて来た。」彼は悲し気に、混血児が大層な束の間の安らぎにだらしなく手足を伸ばした方の共同寝室を筋交いに見た。彼は言った、僕はそうでもなければそれを経験しようともしない。そこに彼女の両親によって巻き込まれた少女がいる、この港が落ちると、彼女の未来はどうなる?フランスは彼女の母国のほんの半分でしかない・・・」

 「ここは落ちるだろうか?」

261

2023年11月5日日曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「或る日何かが起こるだろう。君は一つの側を選ぶだろう。」

 「いや、僕はイングランドゥに帰ろうとする。」

 「君が僕に一度見せたあの写真・・・」

 「オウ、僕はその一枚をすっかり破ってしまった。彼女は僕の許を去った。」

 「僕は気の毒に思う。」

 「それは事が起こる常道だ。人は自ら誰彼となく置き去りにする、その時潮目が変わる。それはほとんど正当だと僕に信じ込ませる。」

 「僕もそうだ。初めてナパームを落とした時、僕は思った、これは僕が生まれた村だと。それはジュヴア氏、僕の父の古い友人、が住む所だ。パン屋の主人ー僕は、僕が子供だった時、パン屋がとても好きだったー僕が投げ込んだ炎の中のそこに何時も駆け下りている。ヴィシーの男達は彼らの所有する国土を爆撃しなかった。僕は彼等よりひどいと思った。」

 「それでも貴方はまだ続ける。」

260

2023年11月4日土曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

「君は火がついている森林を見る。神は君が見ようとするものを知っている。哀れな悪魔は焦げたまま生きている。その炎は水のように彼らを覆って広がる。彼らは火でずぶ濡れだ。」彼は理解しなかった世界中に対して怒りをぶつけた、「僕は植民地戦争を戦っているのではない。僕はこれらの事をテ・フージュの大農園地主のためにしたいと君は思うの?僕は寧ろ軍法会議に掛けられる方がいい。我々は君らの戦争の全てと闘っている、しかし君らは我々を有罪にして放ったらかす。」

 「あの通い船、」僕は言った。

 「そう、あの通い船も。」彼は僕が僕の2服目に手を伸ばすと僕をじっと見つめた。「僕は君の現実逃避の手段が、君が羨ましい。」

 「僕が何から逃げているのか貴方は知らない。それは戦争からじゃない。それは僕の事については何の心配もない。僕は巻き込まれない。」

 「君は全て存在するだけでいいと願う。或る日。」

 「僕にそれはない。」

 「君は未だ足を引きずって歩いている。」

 「彼等には僕を撃つ権利があったが、彼らはそうしようとしてさえいなかった。彼らは塔を取り壊していた。人は常に取り壊し部隊を避けるべきだ。ピカデリにおいても。」

259

2023年11月3日金曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 Ⅴ

カプタン(キャプテン)・トゥラウインは、阿片窟でその夜、僕の主人になると言い張った、しかし彼は自ら吸引しようとはしない。彼はその匂いを好んだ、彼は言った、一彼は一日の終わりの落ち着きの感覚を嗜んだ。しかし彼の職業では気晴らしがもうそれ以上になる事はなかった。そこには吸引した将校達もいたが、彼らは陸軍の人々だったー彼は彼の睡眠を取らなければならなかった。僕達は学校の寮のような小部屋の騒動の中の小さな騒動の中で横になり、中国人経営者が僕のパイプを用意した。僕はフオンが僕の許を去って以来、吸っていなかった。戸口の向こうに長く美しい足を持った混血児が見掛け倒しの女性誌を読みながら彼女の煙をぐるぐる巻いて横になっていた、そして彼女の隣の小部屋には二人の中年の中国人が商売をしていた、お茶をちびちび飲みながら、彼らのパイプは脇に置いてあった。

 僕は言った、「あの通い船ー今夕ーそれが何か不都合な事でもしたの?」

 トゥラウインは言った、「誰が知ってる?その川のそれらの手の届く範囲内で、我々は目に見えるものなら何でも完全に撃つよう命令される。」

 「僕は僕の最初のパイプを吸った。僕は僕が家で吸って来たパイプの全てについって考えようともしなかった。トゥラウインは言った、「今日の事、それは僕自身と同じように、誰かにとっても最悪ではない。村の上で彼らは我々を撃ち落とした。我々の危険は彼らのものと同様に危険だった。僕が憎むのはナパーム爆弾投下だ。3000フィートゥからやすやすと。」彼は絶望的な身振りをした。

258

2023年11月2日木曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 機関砲はたった一つの跡という破裂個所をもたらし、通い船は火花のシャウアを浴びてバラバラに吹き飛んだ。僕達は生存するために、僕達の犠牲者が奮闘しているのを見ようと待ちもしなかったが、上昇し、家路を急いだ。僕がファトゥ・ディエムで死んだ子供を見た時、僕が思ったそのままを、僕はまた頭に思い描いた、「僕は戦争は嫌だ。」そこには何か、僕達の餌食という、思いがけない幸運な選択の中に、ひどくショッキングなものがあったー僕達はただ偶然通り過ぎようとしていただけだった、一つの破裂だけが必要とされた、そこには僕達の発砲に報いようとする人はいなかった。僕達は再び消えた、世界の死に僕達のささやかな割当量を加算して。

 僕は僕に話し掛けるカプタン(キャプテン)トゥラウインのために僕のイアホウンを付けた。彼は言った、「我々は少し迂回します。日没は石灰岩の上が素晴らしい。貴方はそれを見逃してはいけません、彼は親切に付け足した、彼の所有地の美しさを見せようとしている主人のように、そして100マイルに亘ってハロン湾の上空、日没を追跡した。兜(かぶと)を被った軍神マーズの顔は、哀愁を帯びて外を見た、大きな瘤(こぶ)の間の小さな森や多孔性の石のアーティの下、殺人の傷は血を流すのを止めた。

257

2023年11月1日水曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

40秒の間パイルは存在しなかった:寂しささえ存在しなかった。僕達が大きな弧を描いて上昇した時、僕には、僕の面しているサイドゥ・ウインドウから煙が見えた。2度目のダイヴの前、僕は恐怖を感じたー不面目の恐怖、航法士の背中一面に吐きそうな恐怖、僕の年を取った両肺が圧力に耐えそうもない。10回目のダイヴィングの後、ただ怒りだけを覚えたーその任務は余りにも長く続いた、それは法務に帰る時間だった。そして再び僕達は機関銃の射程外、急傾斜で上方に撃ち、急に向きを変えて離れ、煙の先が尖った。その村は山に四方を囲まれていた。毎回、僕達は同じ接近方法を採った。同じガプ(ギャップ)を貫いて。そこには僕達の攻撃を変える方法はなかった。僕達が14回目に向かってダイヴした時、僕は

思った、今や僕は不面目の恐怖から自由になったのだ、「彼らは一つの機関銃を位置に取り付けなければならないだけだ。」僕達は、僕達の機首を再び安全な空中に上げたー多分、彼らは銃を持ってさえいなかった。パトゥロウルの40分は延々と続くように思えたが、それで個人的な思いの苦痛から自由になった。太陽は僕達がホウムの方向に向きを変えるにつれ、沈んで行った:地理学者の時は過ぎた:ブラック・リヴァはもはやブラックではなく、またレドゥ・リヴァはただの金色だった。下方へと僕達は再び向かった、節くれだった、裂け目だらけの森から離れ、放って置かれた水田の上をなぎ倒しながら、黄色い流れの上の1そうの小さい通い船で弾丸のように、川の方向を目指した。

256

2023年10月31日火曜日

The Quiet american Graham Greene 成田悦子訳

それから僕達は9000フィートゥでブラック・リヴァの方へと逸れて行った、真っ黒、闇で溢れた、光線の角度を避けながら、峡谷の巨大で荘厳な景観や崖やジャングルは旋回し、僕達の下に真っ直ぐに立った。貴方はそれらの緑や灰色の耕作地の中に飛行中隊を落とし、収穫‐田の中の数コイン以上に全く形跡を残さなかった。僕達の遥か前方を小型機が小虫のように移動した。僕達は上方を採った。

 僕達は塔や緑に囲まれた村を二度回り、それから目の眩む様子の中にらせん状に上った。パイラトゥ(パイロット)ートゥラウインと呼ばれたーは僕の方を向き、ウインクをした。銃や爆弾穴を管理する種馬が彼の車輪に乗っていた。僕は、僕達がダイヴの状況に至るに連れ、あの腸の弛みを抱え、それは何か新しい体験ー初めてのダンス、初めてのディナー・パーティ、初めての恋を伴う。僕は上昇の頂点にそれが至った時、ウェムブリー・公開試合ですぐれたレイサを連想させられたーそこには降りる術など微塵もなかった:貴方は貴方の体験で罠に掛けられた。僕達が下へとダイヴした時、文字盤で僕は3000ミータ(メーター)を読む、まさに余裕があった。何もかも今感じていた、何一つ景色ではなかった。僕は航法士の背に凭れて押し上げられた:それは何かとんでもない重力が僕の胸を押しているかのようだった。僕には爆弾が投下されたその瞬間の意識はなかった;それから銃はカタカタ言い、カクピトゥ(コックピット)には無煙火薬の臭いが溢れた、そうして僕達が上昇するとその重力は僕の胸を離れた、すると僕達が飛び立った地面への自殺的行為のように、らせんを描いて下降したそれは、胃だった。

255

2023年10月30日月曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「そこは何もかも落ち着いていると思ったーつまりフランスの手に?」

 「そうでした。彼らは2日前この場所を占領した。我々のパラシュートゥ隊はたった2、3時間で退散する。我々は我々が持ち場を取り戻すまで彼らの窪地にヴィエトゥを追い込んで置きたい。それは低空ダイヴィングと機関銃を撃ちまくる事を意味する。我々はたった手すきの2機ー今作動中のものの、だけでできる。今まで、急降下ー爆弾投下をした事は、以前に?」

 「いや。」

 「それに貴方が慣れていないとそれは多少気分が悪くなる。」

 「ガスコーニュ戦隊は小型のB-26爆撃機だけ持っていたーフレンチはそれらを身売りと呼んだ、というのもその短い翼幅を持ったそれらは全く目に見える補助という手段を持たなかった。僕は航法士の背に凭れ自転車座席の大きさの小さな金属製のパドゥの上に詰め込まれた。僕達はレドゥ・リヴァをゆっくりと上昇しながら、上った、この時間帯のレドゥ・リヴァは真っ赤だった。それは人が遠くへ行ってやがて戻り、土手から土手まで晩い日の光がそれを埋め尽くした、まさにそんな一時(いっとき)に、それを最初に名付けた老地理学者の眼差しで、それを見たかのようだった;

254

2023年10月29日日曜日

The Quiet American Graham Greene  成田悦子訳

 ところが人が戦争の事を書くとなると、時折り人が危険を分かち合うという自負心を必要とする。

 最も制約された期間内でさえ、それらを分かち合う事、それは、秩序がハノイから消え去ってから、楽ではなかった。水平の急襲だけが僕には許される予定だったーバスによる旅行同様安全なこの戦争における急襲、何故なら僕達は思いマシーン・ガンの射程距離の上を飛んだから;パイラトゥ(パイロット)の誤りかエンジンの欠陥以外何物からも安全だった。僕達は時間割によって外に出て行き、時間割によってホウムに帰って来た:爆弾という積み荷は斜めに空を駆け下り、噴煙の螺旋降下が道路のジャンクシュン、或いは橋から爆破した。それから僕達は食前酒の時間のために引き返して女を漁り、僕達の鉄製のボウルを砂利に十文字に駆り立てた。

 或る朝、町の食堂で僕がブランディのソウダ割りを埠頭の南端を訪れる事に熱烈な願望を持っていた若い将校と飲んでいた時、任務のための命令が入って来た。「来たい?」僕ははいと言った。水平の急襲でさえ殺しの機会と殺しの意図の方向に位置しているに決まっている。空港を運転して出ながら彼は意見を述べた、「これは垂直の急襲です。」

 「僕は禁じられていると思った・・・」

 「貴方がその事を何も書かなければいい。貴方が見た事もない中国の国境近くで上がって国土の1部分を貴方にそれは見せるでしょう。ライ・チョウの近く。」

253

2023年10月28日土曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「我々にはしなきゃならないたくさんの仕事が入っている、その中には天然ゴム生産品に関するリポートゥもある・・・」

 「心配しなくていい、僕は行くよ。ただパイルに、もし僕が尋ねて来たと彼が電話すれば彼が伝えてくれ。彼はまた訪問する事、それを礼儀正しいと思っているかも知れない。」僕はフオンの姉妹に言った、「僕は、貴女が公証人やアメリカン領事やクライストゥ科学者の教会によって財産分与を立証したかったと思っています。」

 僕は廊下に出た。そこには僕の反対側にMenと記されたドアがあった。僕は中に入ってドアに鍵をかけ、冷たい壁に凭れ、僕の頭を抱えて座りながら、僕は泣いた。僕は今まで泣いた事はなかった。彼らのトイレでさえエア・コン付きで、間もなく気温が抑制された空気は、僕の涙をそれが貴方の口の中で唾を、また貴方の体内で種を乾かすように乾かした。



僕はドミンゲスの手中に業務を残して置いて、北を目指した。ハイホンで僕にはガスコンニュ戦隊に友達がいた、それで僕は空港の上のバーで数時間過ごすか、それとも外の砂利道でボウルズをして過ごそうとした。職務上僕はフロントゥにいた:僕はグランガと一緒に熱意の資格を持っても良かったが、それは僕の新聞にファトゥ・ディエムへの僕の小旅行以上に何の価値もなかった。

252

2023年10月27日金曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「彼女に聞けよ。彼女はあれを手配する。パイルは僕の女を奪った。」

 「これを見ろ、ファウラ、僕は貴方が仕事でここに来たと思った。僕達は事務所の中で騒動を招くような事はできない、貴方は分かっているよね。」

 「僕はパイルに会うためにここに来ました、彼は隠れていると思います。」

 「じゃあ、そのように見解を述べて当然だいという最後の人物に貴方がなる。アルドゥンは貴方のために何をしたかというのに。」

 「オウ、そう、そう、もちろん。彼は僕の命を救った、彼はそうしなかった?彼は今まで彼に頼んだ事はない。」

 「彼自身にとっても大きな危険を冒して。あの男は根性が座っている。」

 「僕は彼の根性について酷評を気にしない。そこには彼の体のもっと臨機応変になる他の部分がある。」

 「じゃあ我々にはそんな風にどんな当てこすりにせよ、される筋合いはない、ファウラ、部屋にはレイディが。」

 「そのレイディと僕は互いをよく知っています。彼女は僕から彼女の手数料を得られなくなったが、それをパイルから彼女は得ている。よろしい。僕は僕が行儀悪く振舞っていると認める、そして僕は行儀悪く振舞い続けるつもりでいる。これは、人々があくまで行儀悪く振舞うところでの立つ瀬だ。」

251

2023年10月26日木曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

カンティネンタルで昨夜グランガを見掛けた。彼はまた北に向かっている。あの男は熱心だ。そこにニューズがある所、そこにグランガがいる。煙草を吸って。自由にやって下さい。貴方はヘイさんを知っています?その名前を全部覚えられませんー僕のように年を取った者のために一生懸命過ぎるほど。僕は彼女に声を掛ける『ハイ、そこに。!』彼女はそれを好む。この息苦しい植民地主義に用はない。市場のガサプ(ゴシップ)は何です、タム?貴方がた仲間は確かに貴方の耳を地面に向けたままだ。貴方の足について聞いてすまない。アルドゥンが僕に話した・・・」

 「パイルは何処ですか?」

 「オウ、今朝はアルドゥンは事務所にいない。彼は家にいると思ってくれ。彼の仕事の多くは家でする。」

 「彼が家でそうしている事は知っています。」あの男は熱心だ、エー、貴方は何が言いたい?」

 「とにかく、僕は彼が家で何かしているという事は知っています。」

 「僕には分からない、タム。理解が遅い、ジョウーそれが僕だ、何時もそうだった。何時もそうであろうとする。」

 「彼は僕の女と寝ているー貴方のタイピストゥの姉妹。」

 「どういう意味か僕には分からない。」

250

2023年10月25日水曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「彼は知っているでしょう、」僕は言った。

 「貴方は予約によりますね、それなら?」貴方が望めばこれをそんな風に記入してもかまいません。」

 「貴方には馬鹿げたように見えると僕は思いますが、我々は非常に気を付けなければなりません。何人ものおかしな連中がこの辺りをうろついています。」彼はもう一方の側に彼のチューイング‐ガムを移し替えリフトゥ(エレベーター)に入った。僕は待った。僕はパイルに何を言えばいいか、まるで思いつかなかった。これは僕が前に一度も演じた事がないシーンだった。警官が戻って来た。彼はいやいやながら言った、「貴方は上がってもいいと僕は思います。ルーム12A。1階。」

 僕がその部屋に入った時、僕はパイルはそこにいないと見て取った。ジョウが机の後ろに座っていた:経済大使:僕は未だに彼のサーネイムを覚えられなかった。フオンの姉妹がタイピング・デスクの後ろから僕を観察した。僕が茶色の貪欲な目の中に読んだのは、それは勝利だったか?

 「入って、入って、タム、」ジョウが騒々しく呼んだ。「貴方に会えて嬉しい。貴方の足はどうです?僕達は僕達の小さな会社に貴方から頻繁に訪問して貰えない。椅子を引いて。新しい攻撃の進行を貴方がどう考えるか、僕に話して下さい。」

249

2023年10月24日火曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

彼女はあの日シートゥを換えなければならなかったーそれは洗濯物の冷たさを運んだ。僕は起きて彼女が彼女のスカーフを置いている引き出しを開けた、するとそれはそこになかった。僕は本棚に行ったーロイアル・ファミリの絵入りの暮らしもまた持って行った。彼女は彼女と一緒に持参金を持ち去った。

 ショックの瞬間、そこには殆ど痛みはない;苦痛はおよそ午前3時頃始まった、僕が何とかして生きようとするその人生の計画を立て、何とかしてそれを排除するために記憶を辿り始めた時。幸せな記憶は最悪になり、僕は不幸せな事を思い出そうとした。僕は前にこの全てを生きて来た。僕は必要だった事はできたと認識した、しかし僕はそんなにも年を取ったー僕には立て直すエナジはほとんど残っていないと感じた。



僕はアメリカン大使館に行って、パイルの事を尋ねた。出入口で用紙に必要事項を記入し、それを軍の警官に手渡す事、それが必要だった。彼は言った、「貴方は訪問の目的を記入していなかった。」 

248

2023年10月23日月曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

  僕はその圧搾機をもっと念入りに調べた;そこには白い粉の跡があった。ディオラクトン、僕は思った、ミルクと共通した何か。そこにはドゥラム缶か鋳型の形跡が全くなかった。僕は事務所に、そしてガリジの中に戻った。僕は古い車に供給している泥除けの上のパトゥのように感じた;それにはその先に長い待ち時間があった、多分、しかしそれもまた或る日・・・ムオイさんと彼の助手達はおそらくこの時までにテ軍司令官が彼の司令部を持つ聖なる山に行く途中の稲田の間のどこかにいた。やっと最後に僕が僕の声を張り上げて「ムオイさん!」と呼んだ時、僕はガリジから遠く離れ、僕はテニインへの途上、避難をしたそれらの水田の間に戻っていると想像できた。米の茎の間でその頭を回す一人の男が見えた。

 僕は家に歩いて向かい、僕の踊り場に上ると、老婦人達は、僕が鳥のガサプ(ゴシップ)以上に理解できない彼女達の生け垣の囀(さえず)りになった。フオンは中にいなかったー彼女は彼女の姉妹と一緒だというための覚書だけ。僕はベドゥの上に横になって休んだー僕は未だ簡単に疲れたーやがてぐっすり寝入った。僕が目覚めると、僕は1時25分を指している僕の目覚まし時計の明るくなったダイアルを見た、そして僕は僕の側にフオンが眠っているのを見付けるのを期待しながら僕の頭を回した。しかし枕はへこんでいなかった。

247

2023年10月22日日曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

僕はガリジの中へ引き返し、裏の小さな事務所に入った。そこには普通のチャイナの広告のカランダ(カレンダー)、散らかった机ーー価格表やガム(ゴム)一瓶や加算器、書類止めクリプ、ティポトゥやカプ3つ、それにたくさんの尖らせてない鉛筆、そして何か訳あって書かれていないアイフル(エッフェル)塔の絵‐葉書があった。ヨーク・ハーディングは第三勢力について抽象グラフィクに描くだろうが、これは、それが伝わる何かだったーこれがそれだった。そこには後ろの壁にドアがあった;それは施錠されていた。しかしその鍵は机の上の鉛筆の間にあった。僕はドアを開け、通り抜けた。

 僕は、およそガリジのサイズの小さい小屋の中にいた。それは、一見すると、羽のない成鳥を捕まえるために無数の止まり木を備え付けられた竿と針金の籠のように見えたーそれは、古いぼろ切れで結わえ付けられているという印象を与えたが、ムオイさんと彼の助手が呼び出された時、そのぼろ布はおそらく洗濯のために使われて来た。僕は製造業者の名前を見付けたーリヨンの誰かで特許ナムバー何の特許を取っている?僕が電流の強さを変えると古い機械は生き返った:竿には目的があったー奇妙な仕掛けの機械は、その最後の生命力を振り絞っている老いた男のようだった。粉々になって落ちている彼の拳、粉々になって落ちている・・・この物体は今尚圧搾機だった、がそれ自体球の中に、それは5セントゥ映画劇場と同じ時代に属していなければならなかった、それにしても何一つ嘗て浪費された物がないそのカリア(キャリア)を終えるべき一日を迎える事を待ち望んでもよいこの国で(The Great Train Robberyがスクリーンを縦横無尽にその行く手をぐいと動かしている、ナム・ディンの裏通りで娯楽を提供しているあの古い映画を見ていたのを、僕は思い出した。)そのpressはまだ使用可能だった。

246

2023年10月21日土曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 車からばらばらにがらくたはカンクリートゥの床の上に撒き散らされた、そこには何一つ目に付くほどの物はなかった。爆弾がいかにムオイさんの所で生産され得たかを写真に写す事、それは困難だった。僕はどのように誰がドゥラム缶の中で僕が見た白い粉末をプラスティクに変えたのかについて実に曖昧だったが、確かにその製法はここの外に運ばれるには複雑過ぎた、通りの二つのガサリーンパムプでさえ無視されるように思えたここの外に運ばれるには複雑過ぎた。僕は入口に立ち、通りの中を気を付けて見た。大通りの中心の木の下で床屋が仕事をしていた:木のトゥランクに釘付けにされた鏡のスクラプが、太陽のきらめきを捕えた。一人の女が、彼女のマラスク帽子の下で竿に吊るしたバスキトゥを運びながら早足で通り過ぎた。シモン・フレールの壁に凭れてしゃがんでいる占い師が客を見付けた、古いカードゥを無表情で切り、ひっくり返すのをホウ・チ・ミンのように顎髭のある老人が見守っていた。それには1ピアスタの価値があるどんな未来を彼は手に入れられたのか?ソンム大通りで貴方は野外で生活した;皆、ここではムオイさんの事なら何でも知っていた、彼らの秘密を施錠しない、警察は全く鍵を持たなかった。これは全てを知られている所の暮らしのレヴェルだったが、貴方が通りに歩を進められたとしても、貴方はそのレヴェルまで後退しようもなかった。僕は老婦人達が共同トイレの側の僕達の踊り場で噂話をしているのを思い出した:彼女達は何でも聞いていたが、僕は彼女達が知っていると思いもしなかった。

245

2023年10月20日金曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 それは小さい、散らかった所、それ自体大通りのがらくた倉庫に似つかわしくなくもなかった。車がそのバニトゥ(ボンネットゥ)を開けっ放しにしたまま床の真ん中にジャッキで持ち上げられ、誰も訪れない田舎の博物館の先史の動物の鋳造物のように口を大きく開けていた。僕は誰かがそれはそこにあったと思い出しても信じない。床は鉄や古い箱のスクラプと一緒に散らかされていたーヴィエトゥナミーズは何でも投げ捨てるのを好まない、チャイニーズ料理人がアヒルを7品に分割する以上にかぎ爪同様非常に多くに分配するだろう。僕は誰もが空のドゥラム缶や損傷した鋳型を実に無駄に処分して来たのかしらと思ったー多分それは数ピアスタ稼ぎ出している雇用主による盗みだった、多分或る者は巧妙なヘンさんによって賄賂を贈られて来た。

 誰もそのようには見えなかった、そこで僕は中に入った。たぶん、僕は考えた、彼らは警察が立ち寄るといけないから、しばらく離れた所に保管している。ヘンさんは公安に何らかのコネを持っているからそれで出来る事だった、しかしその時でさえ、警察は動こうともしなさそうだった。爆弾はカミュにストゥだったと人々に決めてかからせる彼らの見地からすると、それはより適切だった。

 車からばらばらにがらくたはカンクリートゥの床の上に撒き散らされた、そこには何一つ目に付くほどの物はなかった。爆弾がいかにムオイさんの所で生産され得たかを写真に写す事、それは困難だった。

244

2023年10月19日木曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

僕の同業者達-「極東」の記者を除いて、彼はそれを「強い怒り」と名付けたー彼らは事件を揶揄する事で紙面を手に入れる事だけはできると分かっていた。「自転車爆弾」が妥当な見出しになった。それら全てがカミュにストゥを非難した。僕は、爆弾がテ軍司令官側の示威行為だと書こうとする唯一の者で、僕のその記事は事務所の中で変えられた。軍司令官は、ニューズならなかった。貴方が彼を認定する事によって紙面を浪費できない。僕はヘンさんにドミンゲスを通じて無念のメシジ(メッセイジ)を送った。ー僕は僕の最善を尽くした。ヘンさんは丁寧な言葉の返事を送った。彼ーか彼のヴィエトゥミン委員会はー必要以上に敏感だったとそれでその時僕には思えた;誰一人カミュニストに対して真面目にその事件を留めて置く者はいなかった。確かにもし何かがそうできたら、それはヒューマ(ユーモア)の感覚のために彼らに評判を与えただろう。「彼らは何か次の事を考えるだろうか?」人々はパーティで言った、そして僕にとっても馬鹿げた事件全てが、大通りの真ん中でコマのように派手に回っている自転車の車輪に象徴された。僕はその軍司令官と彼の関係についてパイルに何を聞いても、言及した事は一度もなかった。プラスティクの鋳型と共に無邪気に遊ばせて置け:それが彼の心をフオンから遠ざけたままにするといい。まるで同様に、訳あって僕は或る夕方、たまたま近所にいた、訳あって僕は何をするという事もなかった、僕はムオイさんのガリジで中に声を掛けた。

243

2023年10月18日水曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「土の上で何が・・・?」

 「貴方は面白がるだろうと僕は思った、」ヘンさんは言った。「貴方が面白がるのを僕は貴方に期待しているんです。」

 「いらっしゃい、一杯飲みますか?」

 「いいえ、僕は残念ですが。僕はショウさんの所に戻らなければなりませんが、先ず貴方にある物を見せましょう。」「しっかり見て下さい。」

 「ローリ、」僕は言った。

 「いや、パイプを見て。それは何かを貴方の心に呼び覚ましますか?」彼は僕のごまかしを見下すように微笑んで立去った。一度彼は向きを変え、それから彼の手を振った、ショロンの屑の倉庫に向かってペダルを漕ぎながら。公安で、そこに僕は情報を求めて向かった、僕は彼が何を言いたかったか分かった。僕が彼の倉庫の中で見た鋳型は自転車-パムプの半分‐断面図のような形をしていた。あの日、サイゴンの至る所で無害な自転車‐パムプには11打つ音で爆発した爆弾が入っている事が判明した、僕が疑う情報に従って行動する事は、ヘンさんから出て来た、警察が爆破を予測できたところを除いて。それは全て実にありふれていたー10の爆発、6名の軽傷者、そして神は何台の自転車か知っている。

242

2023年10月17日火曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

僕が一人の警官を途中で止められる前に、彼らは彼等のトゥラックに乗って引き返し、ボナー大通りを懸命に下って行った。

 「自転車作戦、」声がした。それはヘンさんだった。

 「あれは何ですか?」僕は尋ねた。「訓練?何のために?」

 「もうしばらく待って、」ヘンさんが言った。

 数人の遊び人が噴水に近寄り始め、まるで下の方で、事故車から船で積み去る事を警告するかのように、一つの車輪がブーイの役目をしてすっかり動かなくなった、一人の警官が叫んで、彼の両手を振りながら道路を渡った。

 「ちょっと見てみましょう、」僕は言った。

 「止した方がいい、」ヘンさんは言った、そして彼の腕時計を調べた。針は11時4分過ぎを指していた。

 「貴方のは進んでいます、」僕は言った。

 「これは何時も進むんです。」そしてその瞬間、噴水が舗道の上で爆発した。装飾の笠木が少し窓にぶつかってグラス(ガラス)が輝いているシャウア(シャワー)の中に水のように落ちた。誰ひとり傷付いた者はいなかった。僕達は僕達の衣服から水とグラスを振り落とした。自転車の車輪一つ、道路でコマのようにブンブン呻り、ぐらつき、そして倒れた。「時間はちょうど11時に間違いありません、」ヘンさんが言った。

241

2023年10月16日月曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

それはドミンゲスからだった。彼は未だ病気のままでいる事を詫び、翌朝10時半頃、大通りの角の大きな店の外にいるよう僕に頼んだ。彼はショウさんの依頼で書いていたが、僕はへんさんが僕の存在をそれ以上に要求しそうだと勘ぐった。

 その全容は、それが判明するにつれ、寸評、しかも面白い寸評よりずっと価値がなかった。それは北のその悲惨で深刻な戦争、灰色の日数が経過した死体が詰まったファトゥ・ディエムのあの運河、迫撃砲の連打、ナパーム弾(焼夷弾)の白いぎらぎらした光と全く無縁だった。僕は花の露店の側で待っていた時、警察のトゥラック積み荷が、カティナトゥ通りの公安司令部の方向からブレイクのギシギシ音、ゴムのキーっとなる音を立てながら近付いた;その男達は降りて、店に向かって走った、まるで彼らが1人の暴徒に突進しているかのように、しかしそこには一人の暴徒もいなかったーただ自転車の防御棚だけが。サイゴンのあらゆるビルディングはそれらによって柵を巡らされているー東の大学のない都市は、実に多くの自転車―所有者を収容可能だった。僕が僕のカメラを調整するチャンスを持つ前に、喜劇的で説明のつかない行為が遂行された。警官は自転車の間を押し分けて彼らの道を進み、彼らは大通りの中に彼らの頭の上に乗せてそれを運び、飾り立てた噴水に落とした。

240

2023年10月15日日曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

僕は彼女を問い詰めたくなかった。僕は彼女に嘘を吐かせたくなかった。(どんな嘘でも開けっ広げに語られない限り、僕は、僕達がどんな時もそうであったように互いに対して同じだと装う事ができた)、しかし突然僕の心配が僕の代わりに口を開いてしまうと、僕は言った、「貴女が最後にパイルを見たのは何時?」

 彼女は躊躇ったー或いはそれは、彼女が実際思い返していたのか?「私たちがここに来た時、」彼女は言った。 

 僕は始めたー殆ど知らず知らずの内にーそれがアメリカンであるといった全ての事をこき下ろす事を。アメリカン文学の貧困、アメリカン政治家らのスカンドゥル(スキャンダル)、アメリカン子供らの野獣性で僕の会話は盛りだくさんになった。それはまるで彼女が一人の男によってというより遥かに一国によって僕から連れ去られるも同然であるかのようだった。アメリカが為したはずの何もかもが正義と懸け離れていた。僕の件をを共有するに十分な用意ができているフランス人の友達一緒でも、僕は、アメリカの問題となるとうんざりした。それは僕が背いたかのようだったが、誰しも敵によって背かれはしない。あれはちょうどその時だった、その事件は自転車爆弾で起こった。誰もいないフラトゥ(彼女はシネマにだったか、或いは彼女の姉妹と一緒だったか?)へと帝国のバーから戻ると、僕は覚え書きがドアの下に押し込んであるのを見付けた。

239

2023年10月14日土曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 Ⅱ

僕は罰せられた。それは、彼は僕のフラトゥを後にした時、まるでパイルが僕に確信が持てない何週もの判決を下してしまったかのようだった。僕が家に戻ったどんな時も、災難の予感と共にあった。時にフオンはそこにいる事もなく、僕は、彼女が帰るまでどんな仕事でもしてしまう事、それを不可能と気付いた、何故なら僕は、彼女は果たして帰るのかしらと思っていたから。僕は彼女がどこにいたか彼女に尋ねようとする(僕の声の外に心配や疑いを置こうと努めながら)、また時に彼女は市場或いは店と答えるに決まっているのに彼女の証拠の断片を製作し(確かめようとする彼女の意欲さえ、彼女の話は終いに不自然に思えた)、また時にはそれはシネマだった、彼女のティッキトゥの切れ端がそれを証明するためにそこにあり、時々それは彼女の姉妹のものだったりしたーそれは、彼女がパイルと会ったと僕が思い込む場所だったりもした。あの頃、残忍にも僕は彼女への愛情を装った、まるで僕が彼女を嫌悪するかのように、ところが僕が嫌になったのはその行く末だった。寂寞が僕のベドゥに横たわり、僕は夜には僕の両腕の中に寂寞を抱き寄せた。彼女は変わらなかった;彼女は僕のために料理をした、彼女は僕のパイプを整えた、彼女は優しく、甘美に僕の快楽用の彼女の体の外に横たわった(しかしそれはもはや快楽ではなかった)、そうしてちょうどあの初めの頃のように、僕は彼女の心が欲しくなった、今僕は彼女の思いを読みたかった、しかしそれは僕が話す筈もなかった言葉の中に仕舞い込まれていた。

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2023年10月13日金曜日

The Quiet America Graham Greene 成田悦子訳

 「オウ、僕はそれに文句を言うほどのものは持ち合わせていない。『だめになった家は悲惨ではありません。』」

 「それはどんなものですか?」

 「パスカルまた。」それは悲惨を誇る事のための議論だ。『一本の木は惨めではありません。』」何が貴方を警官にさせたんです、ヴィゴ?」

 「そこには多くの要因がありました。。生活費を稼ぐ必要、人々への好奇心、そう、それでさえガボリオの恋人。」

 「そもそも貴方は牧師になるべきだった。」

 「私はそれ向けの適切な作家を読まなかったーあの頃に。」

 「貴方はまだ僕を疑ってる、貴方はそうじゃないですか、関与しているんじゃないかと?」

 彼は立ち上がり、ヴァムース・カシスの残されていたのを飲んだ。

 「私は貴方に話したい、それが全てです。

 僕は彼が向きを変えて、行ってしまった後、僕を哀れみを持って見ていたと思った、彼は、その逮捕に彼が責任を負う終身刑下を歩みつつある囚人でも見たかのように。

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2023年10月12日木曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「オウ、私は申し分けなく思う。私は考えていた・・・」

 「なぜ貴方は僕が拘束されていると言いました?」

 「貴方がパイルの犬を最後に見たのは何時ですか、ファウラ?」

 「神は知っています。僕は犬のために予約―本を取って置かない。」

 「貴方は何時故国に戻る予定ですか?」

 「僕は正確には分かりません。」僕は警官に情報を与えるのを好まない。それは彼らに面倒をかける。

 「僕は―今夜ーちょっと寄って貴方に会いたいのですが?もし貴方が一人なら。」

 「僕はシネマにフオンを遣りましょう。」

 「全くもって貴方に関する事柄をまたー彼女と一緒では?」

 「はい。」

 「不思議。私は貴方はーかなり不幸だという印象を得ました。」

 「確かにそこにはそのために起こり得る数多くの理由があります、ヴィゴ。」僕はそっけなく付け足した、「貴方は知るべきです。」

 「私が?」

 「貴方は、貴方自身そんなに幸せな人ではない。」

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2023年10月11日水曜日

The Quiet American Graham Greene 成田悦子訳

 「『はい;何れにしてもにしても貴方は賭けなければなりません。それは任意ではありません。貴方は乗せられます。』貴方は貴方自身の信条に従わない、ファウラ。貴方は拘束されます、我々の休養のように。」

 「宗教にではなく。」

 「私は宗教の事は話していなかった。事実として、私はパイルの犬の事を考えていました。」

 「オウ。」

 「貴方が私に何を言ったか覚えていますかーその足に関する手掛かりを見付ける事について、その泥などを分析する事について?」

 「そして貴方はメグレでもレコクでもないと言いました。」

 「私は結局そんなにひどく取り扱っていません、」彼は言った。「パイルは普段彼が外に出る時、彼と一緒に犬を連れていました、彼はそうしていなかった?」

 「僕はそう思います。」

 「一人でそいつをはぐれさせるのでは重んじ過ぎます?」

 「そいつはあまり安全ではない。彼らはチャウ(むく毛の犬)を食べる、彼らはそうしませんか、この国では?」彼は彼のパキトゥの中にダイスを入れ始めた。「僕のダイスを、ヴィゴ。」

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