Sinnò me moro

Amore, amore, amore, amore mio, In braccio a te, me scordo ogni dolore! Vojo resta co'te, sinnò me moro, Vojo resta co'te, sinnò me moro, Vojo resta co'te, sinnò me moro…  Nun piagne amore

Sinno me moro(Un maledetto imbroglio 刑事)

自己紹介 成田悦子毎日少しずつ主に英文学の過去の小説を紹介しています。私の遣り方は原文をそのまま生かし、イギリス人、イギリスという国そのものの文字を通した姿を過去に遡って見せ、貴方同様私が学ぶ

自分の写真
暑いし, リチウム電池入りロボ県内, Japan
GooNTTレゾナントは私のブログを4つ非表示にし、「詩を全部削除しろ」と詩人である私に言っています。

Gooは猥褻サイトの記事は問題がないと言います。私の住所・氏名・電話番号まで書き込んで「きちがい、前科三犯」と書くサイトの規約違反を指摘しても、「貴方は一体どうしたいのですか?」と言います。削除して欲しいに決まっています。そんなことも分からないのに、「鳥居正宏」という偽名の社民党員の要請で四つのブログを非表示にしています。私は「鳥居正宏」の中傷記事を書いたことは一度も無く、中傷されたコメントを載せたことが一度あっただけです。しかしそのコメントは、社民党と自公政権が不正に侵入して直ぐに削除して非表示の要請があった時にはありませんでした。あれから20数年Gooも消えます。私が消えていないことはいい兆し。正義は私の下にある。当面翻訳中心の生活です。

成田悦子翻訳小説.orgで翻訳中 「Youth 」Joseph Conrad, The Grapes of Wrath Jhon Steinbeck

https://naritaetuko.org

https://naritaetuko.org 成田悦子翻訳小説.org Youth Joseph Conrad https://naritaetuko.jp成田悦子の翻訳テキストとちょっとしたこと

ブログ 成田悦子翻訳小説.org Youth Joseph Conrad, The Grapes of Wrath Jhon Steinbeck

ブログ アーカイブ

2011年5月12日木曜日

出版・言論の自由は、日本にはない

現在自分で詩や小説を書いている人は、どれだけいるのだろう?
詩人の日常生活にtwitterが登場し、それを活用している者も多い。
twitterは、アメリカ企業による、アメリカ的キリスト教思考の宣伝、伝道に過ぎない、と私は思っている。
誰もが規約を読んで始めたのだろうか?
規約を読むと、個人は怖くて始める気にはならないはずである。

組織されている人達が書き込んでいるものとは思っているが、間違って個人が入り込むと、大変なことになる。
私は、135文字だったか、よくは覚えていないが、135文字あれば伝えたいことを伝えることが出来る。
字数内に言葉を納めることは、私の得意分野である。
しかし、一般の、書き慣れていない人が書くと、誤解されることも多いだろう。
間に他の人の返事が入っていたりする。
ルールを知らなければ、全部その人が書いた言葉だと思われてしまう。

詩人の書いたものを読むと、詩人とは到底思えない内容で、てにおはさえ分かっていなかったりする。
詩は言葉を集約したもので、言葉を千知っていても、詩には一しか使えない 。
詩はこころの内を語るもので、こころに千の思いが詰まっていれば、千を語ることが出来る。
詩はひとつの言葉で千の思いを語ることの出来るものである。

昨今は、詩や小説家ジャーナリスト、新聞雑誌記者の盗作が日常化している。
編集者や出版社とは、盗みの達人のことを言うのだろうか?

私達が知っている過去の小説家や詩人による小説や詩の中に、自身で書いたものがどれだけあるのだろう?
ゴーストライターが登場したのは、いつのことなのか?
出版社は、ゴーストライターより、地位や名誉やお金が好きである。
しかし、読者は、地位や名誉やお金と縁はない、しかし書けるライターに表舞台に登場して欲しいと願っている。
ゴーストライターを出さないのは、持込や作品応募で没にしては、使える言葉や内容を選んで盗作を繰り返しているか、過去の複数の作品などを混ぜ合わせて新しい作品にしているかである。
遠い外国の売れていない小説や詩から言葉を抽出しては作品にするとか、色々混ぜ合わせて小説を作り上げ、お爺さんがノーベル賞受賞者、父親は詩人、母親はフランス文学者、叔母が東大教授などと色々くだらないことを入れ込んでは、一人の書けないロボット詩人や小説家を作り上げている。

読者は、その人の父親が何をしているか、その人が何処で何をしていた人か、そんなことはどうでも良いと考えている。
絢爛豪華なプロフィールを聞いただけで噴出してしまいそうだ。
「ちんどん屋」に見えるから、止めた方が良い。
読者は、作品が良ければ、それで満足である。
立派と言われている家柄や、何処の大学の出身者であるかに、人々が関心を持っていると考える出版社は、「恥を知れ。」と教えて置く。
幼稚園生じゃないのだから、そんなくだらないことをいちいち書くな。
出身大学と地位や名誉が、何を生み出すことが出来ると言うのか?
その逆も又然りであることを忘れない方が良い。

人は、虚と実を見分ける力を持っている。
それとも、国家がバックに付いているから、売れもしない本を「売れた、ランキング何位だ」と言って騒いでいられるのか?
出版に自由も、言論の自由も日本には無い。
世界にあるのか、どうなのかは、私は知らない。
出版は、宗教伝道の重要な位置を占める。
宗教とは、支配するものであるから、支配者側のみに出版の自由も言論の自由もある。
有りもしない言論や出版の自由を有ると言っているのは、盗みたいからであると、私はやっと分かった。
作品応募には、気を付けよう。
出版社や新聞社は、盗用、盗作が自分の首を絞めていることを知っていながら止めないのは、国家からお金が出ているのでは?と私は疑っている。

私の盗作をしているのは、詩人から小説家、映画会社、レコード会社、テレビ局、新聞社から雑誌社、学者、ジャーナリスト、脚本家、政治家、官公庁まで・・ずらっと口を開けて並んでいる。
私は彼らを圧倒することを考え実行している。
その内、全作、前記事返却させてやるつもりである。
鳥取県警、米子市警は、いつかきっと私の作品を守る側に回ってくれると思っているし、国家自体が私と作品を守る側に回ると考えている。

私は何も欲しいものはない。
私のような文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム被害者が救われる日を待っている。
その日まで、私は書いていさえすればよい。
欲しいものは何ひとつない。
私が良いと言うものは、かなり売れるらしい。
売ることは大好きなので、私の好きなものの宣伝はしたい。

レコード会社も、いいものを売ることに力を入れることです。
過去に売れなかったものの中に、たくさん良いものがあります。
Sonyは、Scorpionsに力を入れているようで、私も宣伝します。
彼の詩は、分かり易く、人が求める内容で、曲も覚え易いので、幾らでも売れます。
宣伝には、思考のパターン化した人間を使ってはいけません。
古いものでも、いつも新鮮な思いを込めて送り出すことが出来る人がいくらでもいます。
そういう人を葬って来たのなら、もう一度元に戻すことを勧めます。


1:02 2011/05/12木曜日