Sinnò me moro

Amore, amore, amore, amore mio, In braccio a te, me scordo ogni dolore! Vojo resta co'te, sinnò me moro, Vojo resta co'te, sinnò me moro, Vojo resta co'te, sinnò me moro…  Nun piagne amore

Sinno me moro(Un maledetto imbroglio 刑事)

自己紹介 成田悦子毎日少しずつ主に英文学の過去の小説を紹介しています。私の遣り方は原文をそのまま生かし、イギリス人、イギリスという国そのものの文字を通した姿を過去に遡って見せ、貴方同様私が学ぶ

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暑いし, リチウム電池入りロボ県内, Japan
GooNTTレゾナントは私のブログを4つ非表示にし、「詩を全部削除しろ」と詩人である私に言っています。

Gooは猥褻サイトの記事は問題がないと言います。私の住所・氏名・電話番号まで書き込んで「きちがい、前科三犯」と書くサイトの規約違反を指摘しても、「貴方は一体どうしたいのですか?」と言います。削除して欲しいに決まっています。そんなことも分からないのに、「鳥居正宏」という偽名の社民党員の要請で四つのブログを非表示にしています。私は「鳥居正宏」の中傷記事を書いたことは一度も無く、中傷されたコメントを載せたことが一度あっただけです。しかしそのコメントは、社民党と自公政権が不正に侵入して直ぐに削除して非表示の要請があった時にはありませんでした。あれから20数年Gooも消えます。私が消えていないことはいい兆し。正義は私の下にある。当面翻訳中心の生活です。

成田悦子翻訳小説.orgで翻訳中 「Youth 」Joseph Conrad, The Grapes of Wrath Jhon Steinbeck

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2011年7月23日土曜日

官能表現と欲望の煽動:アスクレピオスの愛人

WHO職員をモデルにした小説を書く。
週刊新潮が2008年七月七日号に、そのモデルを作者林真理子がWHOに訪ね、ツーショットの写真を写し、「あくまでもフィクション。・・・さんをモデルに借り、奔放で美しい官能的なヒロインを描くつもりです」と書いている。
奔放であるということは、男を誘い、男と寝るのが趣味で、性的にだらしないことを言うのだろうか?
林真理子の言う「官能的」とは、何を言うのだろう?

官能と云うのは、感覚器官の働き、性的な感覚のことである。
性的な感覚とは、何を云うのだろう?
性器そのものの快感と感覚器官である目、耳、鼻、舌、皮膚の快感のことを言うのだろうか?
誘う女、性を煽る女、性を前面に出す女・・・ヒロイン志帆子・・・

登場人物の言葉で、ヒロイン志帆子の体つき、男性の趣味などが語られる。
「肉感的な腰まわり・・」、「外人専門・・」、「日本人は家来にされるだけ・・」などといった下品で官能とは程遠い、単なる気味の悪い叔父さん言葉で官能を表現する。
直截(せつ)的、露骨で単純な言葉の使用とその文章で、奔放であるとか、官能的であるとかといったこととは程遠い。
本を売りたい、読者の欲望を駆り立てたい、それを目的とした官能の追求である。
官能の追求と言うより単なる動物の欲望の追求である。
如何に「官能 」を追求し、どのように表現しようか?といった作家としての純粋さ、真面目さが見えない。
官能を言葉で表現することは、多くの小説家が挑戦して已(や)まないことである。
叔父さん趣味の「腰まわり云々」では、小説家として官能がどうした・・・などと言えることではない。

「官能的ヒロインは、WHO職員である」と公言し、モデルの経歴も発表している。
「あくまでもフィクション・・」と書いてみても、 読者は、「WHO職員は、性のことばかり考えてろくに仕事もしない・・」と思われてしまう。
林真理子は肩書きでけなし、肩書きで人を判断する人である。
「島根の田舎の高校卒業」と書き、ヒロインの名前を「志帆子」にしている。
私を意識して書かれた作品であることは、最初から分かっている。
「島根の田舎の高校卒業ではいけない」と書いたのは、自民党、公明党、民主党、社民党や医師会、日弁連であるから、「なるほど ・・」と私は思う。

田舎で生まれ、田舎で育つことは、動物であるヒトとして幸福なことである。
海を知り、山を知る、それこそヒトが生きること其のものである。
海と山を知るものは、世界を知ることが出来る。 
世界を深く理解する人間は、世界の明日を創る。


気になることがある。
・「インターネットで調べた志帆子の経歴が・・・」
・「厚労省から出向している熊田さんが・・・」
読点を打つ箇所が間違っている。

12:39 2011/07/23土曜日