Sinnò me moro

Amore, amore, amore, amore mio, In braccio a te, me scordo ogni dolore! Vojo resta co'te, sinnò me moro, Vojo resta co'te, sinnò me moro, Vojo resta co'te, sinnò me moro…  Nun piagne amore

Sinno me moro(Un maledetto imbroglio 刑事)

自己紹介 成田悦子毎日少しずつ主に英文学の過去の小説を紹介しています。私の遣り方は原文をそのまま生かし、イギリス人、イギリスという国そのものの文字を通した姿を過去に遡って見せ、貴方同様私が学ぶ

自分の写真
暑いし, リチウム電池入りロボ県内, Japan
GooNTTレゾナントは私のブログを4つ非表示にし、「詩を全部削除しろ」と詩人である私に言っています。

Gooは猥褻サイトの記事は問題がないと言います。私の住所・氏名・電話番号まで書き込んで「きちがい、前科三犯」と書くサイトの規約違反を指摘しても、「貴方は一体どうしたいのですか?」と言います。削除して欲しいに決まっています。そんなことも分からないのに、「鳥居正宏」という偽名の社民党員の要請で四つのブログを非表示にしています。私は「鳥居正宏」の中傷記事を書いたことは一度も無く、中傷されたコメントを載せたことが一度あっただけです。しかしそのコメントは、社民党と自公政権が不正に侵入して直ぐに削除して非表示の要請があった時にはありませんでした。あれから20数年Gooも消えます。私が消えていないことはいい兆し。正義は私の下にある。当面翻訳中心の生活です。

成田悦子翻訳小説.orgで翻訳中 「Youth 」Joseph Conrad, The Grapes of Wrath Jhon Steinbeck

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2011年6月26日日曜日

週刊新潮は、記事によって読者を増やせ

週刊新潮は週刊文春を追い抜けと私は書いた。
週刊新潮も同じ体質であることは知っている。
表紙の猫と櫻井よし子、来週から小説を始める林真理子等は、そのシンボルである。
これは文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムに則った、国民の覗き見と情報の盗用を意味している。
櫻井よし子は私がコメントを書いた途端、コメント欄を閉じ、猫をブログから外した。
彼女は、喋れはするが、書くことは出来ない。
ブログを何度か読んだことのある人には分かる。
櫻井よし子は、ゴーストライターを使っている。

櫻井よし子は、週刊新潮連載コラムに「日本ルネッサンス:新たな危機、北朝鮮が核を小型化」
という二ページのコラム(短い評論などを載せる囲みの欄)に毎週書く。
「北朝鮮は核を小型化し、多数保有している」と産経が書いていると云う。
「韓国は核を保有しなさい、北朝鮮はいけません」というのが、櫻井よし子の主張であり、この矛盾に気付かず、こうした筋の通らない評論を載せる編集者が新潮社にたくさんいることは、大きな問題である。
これでは、雑誌は売れない。
左右の翼の意見は聞きたい、しかし、くだらない話は必要ない。

中国、韓国、北朝鮮、日本の関係は、防衛技術や防衛機器の販売の為にあるだけで、実際は何の問題もない。
櫻井よし子の役目は、防衛族と防衛産業の繁栄の為に世論を主導することにある。
しかし、既に彼女が意味のある話をしない、出来ないことを国民は知っている。
彼女には、世論を主導出来ない、世論は後退し、背を向けている。
何時までも西尾幹二や櫻井よし子を使うことは、週刊新潮の経営を弱体化するだけである。
左を使えと言っているわけではない。

社会主義、共産主義、宗教社会主義は、日本の政治から極力排除すべきであると、今は考えている。
資本家が独占的な姿勢を採りさえしなければ、資本主義というのは、人の自然な経済の営みに沿っている。

お金を産まない、物を売らない、売る為の努力をしない、働かない人間にお金を回す。
政府は、非生産的な人間に手当てを支給し、物を買わせている。
特定の企業の物を買わせる政府の後ろ向きの努力によって、日本は衰退してしまった。
悪い商品を売る、良い商品を出す企業を潰すやり方をは、現在も自公政権同様採用されている。


私は、私の考え方を支持しようとする波、傾向を知っている。
新潮社もその一つである。
私は幾つもの考え方を示し、新潮社はそれを汲んで変わろうとしている。
私の思うとおりに動くわけではないが、先週・先々週と今週の大きな違いは、広告と記事の充実である。
どの広告会社を使っているのかは分からないが、広告のデザインや新潮社のレイアウトが変わった。
広告も倍増している。
私は、掲載されている企業の殆どが組織されている企業であることを知っているが、今後そうした企業の姿勢も含めて、私が何もかも変え得ると考えている。

どんな企業であっても、顧客無しでは経営は成り立たない。
此処は日本であり、日本人が良いと思うと、売り上げが伸びる、そうすると、国民の生活が豊かになり、又企業も潤い、又広告も増え、出版という事業も繁栄する。
やくざや売春婦、右翼だけが本を買うわけではない。
本を買わなくなった人々こそ、売り上げに貢献出来る国民であり、本を愛し、良い本や雑誌さえあれば、数万円単位の消費を本に向ける人である。
私は、遊ばない、出かけない(出かけられない)が、本やCDには収入の三分の一を使っても良いと考えている。
勿論、改竄が可能な電子書籍は一切買わない。
紙の本や雑誌なら幾ら買っても良いと考えるが、買いたい本は一冊も現状では無い。

雑誌の記事の執筆者が問題である。
使い古された人間の馬鹿げた矛盾だらけの話はもういい。
筆者は無名であっても良いから、いい記事を載せて欲しい。

広告に整形女、整形男を起用しないで欲しい。
企業は、其のことに気付いているが、広告会社が使っているようである。
結局は、組織された企業が組織された広告会社を使い、広告を増やしているだけであるから、記事の執筆者も同じで、見かけが変わっても何にもならない。

新潮社に考えて欲しいのは、広告会社は、新潮社の経営を支えはしないし、広告会社も新潮社、出版社の売り上げ不振に何の功績もしてくれない。
「この小説家を使って貰えるなら、 広告を入れます」という今までのやり方は、読者を激減させた。
今後は、新潮社は「そうですか、では当社は、広告無し、本の売り上げだけで勝負します。今後私共の方針を理解して頂けるよう努力します」と答えると良い。
本や雑誌そのものを売るのである。

自公政権は新書店を作り、組織化し、系列化した。
右翼傾向を存続させる為に行なわれたが、しかし、書店としても、売れない本を大量に並べて置く訳には行かない。
新潮社が面白い本や雑誌を出しさえすれば、書店は置かない訳には行かない。
本は売れていないのである。
売る為にどうすれば良いか?
売り上げを伸ばす為に採られる一つ一つの方針は、本を直接一冊ずつ売って行く。
漫画しか読まない子供を作ったツケは大きい。
これは文部科学省の責任である。
おかしな子供が大量生産されてしまった。

つづく
12:14 2011/06/26日曜日