週刊新潮は、特定のジャーナリストを殆ど使わない。
恐喝・脅迫・基本的人権の侵害を私と家族に対し現在も行っている上杉隆を毎週使う文芸春秋社「週刊文春」とは大違いである。
政党と政党の援助を得ていると思われるメディアが、お抱えジャーナリスト、科学者、検事、弁護士、医師をNETを中心に起用、日本を混乱に陥れて来た。
週刊新潮社は、それをしなかった。
私は、色々あるが、それを週刊新潮社の良心だと考える。
先週から新聞の見出しが変わったので、私は週刊新潮を買ってみた。
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今週はまだ買っていないが、又買おうと思っている。
早稲田、慶応がジャーナリスト、編集者、作家を独占していると言える。
特に、早稲田卒と言えば、言論界就職、文学賞受賞と言った具合で、信じられないほどである。
電子書籍が売れない、紙の本が売れないという状態を齎したのは、早稲田大学文学部・・・と言いたくなる。
一つの大学の、一つの学部、数人の教授と学部の教育方針、それは殆ど同じである。
文学賞は、文学賞から程遠い作品ばかりで、文学賞受賞までに書き直しているのではないか?と思いもする。
芥川賞候補者が決定した時に私の記事は二分の一に改竄されてしまった。
文芸春秋社は、何度も私の記事や詩を盗んでいるから、一昨年も盗んだものと思っている。
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似たような環境、似たような考え方を持つ人間を集めると、どんな会社でも明日が見えなくなってしまう。
似ていても構わないが、組織を守ること、古い制度を守ることの為に同じ大学卒を使っているとしたら、今後止めるべきである。
出版社は、早稲田を使わない、と言った姿勢を取ると現在の何も売れないという状況を変えることが出来るだろう。
仮に解雇による紛争や名誉毀損事件などが頻発しても、徹底的に闘えば良い。
其の過程を記事にすると、もっと面白くなる。
私も同じだが、「言わなければならないことを言う」、其の為にメディアにはいつも闘って欲しい。
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今週「週刊新潮」の見出しは先週を越えた。
先週は「週刊文春」と同じであった。
今週は、週刊文春を圧倒した。
来週も又頑張って欲しい、見出しでも、表紙でも、記事でも、止まる必要はない。
私が一日二つの詩を書くように、出来ないことはない。
停滞する、止まると思わないことが大切である。
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面白くない小説が多過ぎるので、減らした方が良い。
小説やその他コラム等には、文法上のミス、会話の拙さが目立つ。
編集者が駄目である。
編集者を総入れ替えするくらいの気持ちで建て直しを図れば文芸春秋を越えることが出来る。
一時期の記述には、下品な表現も多かった。
しかし今は見受けられない。
どんな問題でも、週刊誌がきちんと考えて、きちんと書く、それを読者が読む、それを読者は読みたい、そう思っている。
何処の出版社でも同じである。
いつでもやり直すことが出来る。
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11:33 2011/06/23木曜日