Sinnò me moro

Amore, amore, amore, amore mio, In braccio a te, me scordo ogni dolore! Vojo resta co'te, sinnò me moro, Vojo resta co'te, sinnò me moro, Vojo resta co'te, sinnò me moro…  Nun piagne amore

Sinno me moro(Un maledetto imbroglio 刑事)

自己紹介 成田悦子毎日少しずつ主に英文学の過去の小説を紹介しています。私の遣り方は原文をそのまま生かし、イギリス人、イギリスという国そのものの文字を通した姿を過去に遡って見せ、貴方同様私が学ぶ

自分の写真
暑いし, リチウム電池入りロボ県内, Japan
GooNTTレゾナントは私のブログを4つ非表示にし、「詩を全部削除しろ」と詩人である私に言っています。

Gooは猥褻サイトの記事は問題がないと言います。私の住所・氏名・電話番号まで書き込んで「きちがい、前科三犯」と書くサイトの規約違反を指摘しても、「貴方は一体どうしたいのですか?」と言います。削除して欲しいに決まっています。そんなことも分からないのに、「鳥居正宏」という偽名の社民党員の要請で四つのブログを非表示にしています。私は「鳥居正宏」の中傷記事を書いたことは一度も無く、中傷されたコメントを載せたことが一度あっただけです。しかしそのコメントは、社民党と自公政権が不正に侵入して直ぐに削除して非表示の要請があった時にはありませんでした。あれから20数年Gooも消えます。私が消えていないことはいい兆し。正義は私の下にある。当面翻訳中心の生活です。

成田悦子翻訳小説.orgで翻訳中 「Youth 」Joseph Conrad, The Grapes of Wrath Jhon Steinbeck

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https://naritaetuko.org 成田悦子翻訳小説.org Youth Joseph Conrad https://naritaetuko.jp成田悦子の翻訳テキストとちょっとしたこと

ブログ 成田悦子翻訳小説.org Youth Joseph Conrad, The Grapes of Wrath Jhon Steinbeck

ブログ アーカイブ

2009年8月24日月曜日

謝るなんてね・・・



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兵士は謝罪の必要はありませんでした。
アメリカが行った犯罪です。
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ソンミ村虐殺事件は、ベトナム戦争中の1968年3月16日、アメリカ軍兵士が非武装のベトナム民間人を虐殺した事件。ソンミの虐殺はベトナム反戦運動のシンボルとなり、また国外でも大きな批判の声が起こってアメリカ軍が支持を失うきっかけとなった。
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事件概要
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1968年3月16日に、南ベトナムに展開するアメリカ陸軍のうち第23歩兵師団第11軽歩兵旅団・バーカー機動部隊隷下、第20歩兵連隊第1大隊C中隊の、ウィリアム・カリー中尉率いる第1小隊が、南ベトナム・クアンガイ省ソンミ村ミライ集落(省都クアンガイの北東13km 人口507)を襲撃し、無抵抗の村民504人(男149人、妊婦を含む女183人、乳幼児を含む子ども173 人)を機関銃の無差別乱射で虐殺。集落は壊滅状態となった(3人が奇跡的に難を逃れ、2008年現在も生存している。最高齢者は事件当時43歳)。
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当初は村民に対する虐殺ではなく「南ベトナム解放民族戦線のゲリラ部隊との戦い」という虚偽の報告がなされたが、翌年12月にシーモア・ハーシュが『ザ・ニューヨーカー』で真相を報じ、アメリカ軍の歴史に残る大虐殺事件が明らかになった。この大虐殺事件は、現場に居合わせた複数のアメリカ軍兵士から軍上層部に報告されていたものの、軍上層部は、世論を反戦の方向へ導く可能性が高いことなどから事件を隠蔽し続けた。
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なお、1970年に開かれた軍事法廷でこの虐殺に関与した兵士14人が殺人罪で起訴されたものの、1971年3月29日に下った判決ではカリーに終身刑が言い渡されただけで、残りの13人は証拠不十分で無罪となった。また、カリー自身もその後10年の懲役刑に減刑された上、1974年3月には仮釈放される。陸軍のこの不可解な処置は世界中から大きな非難を浴びた。
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虐殺計画は掃討作戦決行の前夜に決定された既定事項で、C中隊指揮官のアーネスト・メディナ大尉が主張したものであるという。
その後ソンミ村は現存せず、「ティンケ村」と名前が変わった。
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仮釈放後、カリーはマスコミの取材に応じることはなかったが、2009年8月19日、アメリカ合衆国ジョージア州コロンバスで開かれた奉仕活動団体の昼食会に出席したカリーは、事件について口を開き、謝罪した。
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元中尉の謝罪、受け入れたいとソンミ生存者・読売新聞
2009年8月24日(月)3時7分配信 読売新聞
【バンコク=田原徳容】ベトナム戦争中の1968年に米兵が一般住民500人以上を殺害したソンミ村事件で、有罪となったウィリアム・カリー米陸軍元中尉(66)が41年ぶりに謝罪したことを受け、同村で生き残ったパン・タン・コンさん(51)が23日、本紙の電話取材に応じ、「謝罪はないと思っていた。あまりにも遅く驚いたが、犠牲者を代表して受け入れたい」と語った。
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パンさんは、10歳の時、目の前で米兵に両親と兄弟を殺害された。
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富を独占したがる人がいる
富を得る為に手段を選ばない人がいる
手を汚しながら手が汚れていないと思い込む
大量殺戮愛好者が集まる
排他的国家が形成され
正義の名の下に虐殺を計画
指揮官は虐殺の指令を下す
命令に従って殺した兵士がいる
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国家は
一定の領土を失い
国家は
国民の統治機能を失い
村は風景として有る
村人はヒト科に属する哺乳類としてそこに有る
殺された村人がいる
一人二人・・銃は意味も無く人を傷付ける
死体を撮影した人がいる
銃を向けた兵士の写真が無い
死体を撮影した人がいる
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昨日
彼女は
首筋を伸ばしその瞳で空を見上げ
彼女の目に映ったのは彼女が見ようとした空だった
空軍による隣村の爆撃を彼女自身の心が恐怖に感じ
ささやく声は彼女の唇の形で彼女が思ったままに・・
聞こえるのは銃声であったに違いない
感じたのは明日の無い私
彼女は彼女であった
彼女が彼女の目や耳や肌で感じた死の前の一日
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私の体は有る
私はヒト科の哺乳類として電極を埋め込まれた実験動物
私はそこに転がった死体
私の夫は国家が汚した遺灰
彼はいない
彼の体は無い
私は今死体である
私はいるが私ではない
私達自民党・公明党・社民党・文部科学省・厚生労働省人体実験被害者は
私を奪われる
今日体から血が流れ私が灰になったとしても
私は死ぬ瞬間まで私を奪われたままである
死と重なり合う時も私は私の死が分からない
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私は感情を奪われた
私は私の感情があった時のことを思い出す
私の力で覚えている私を再現しているに過ぎない
私は戦わなければ私ではない
私自身と戦い国家と戦う
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私達はソンミ村のヒト科の哺乳動物にも成り得ない
謝っても許さない
私達は謝罪の言葉は言わせない
私達から言葉を奪った
言葉を奪って慰安婦同然に扱った
私達は感情を失っている
私に私の言葉は無い
今ある刑罰は適用しない
死刑じゃつまらない
加害者の処刑はじっくり行う
楽しめる限り楽しむことにする
私は彼らから何もかも奪う
一人ずつ被害者代表で私が裁く
当然二つのブログを非表示にしているNECも裁く
詐欺ブログ、覚せい剤吸引方法を説明するブログ
http://richardkoshimizu.at.webry.info/
を毎日TOPランキングに置いている。
NECはいつか必ずしたことの是非を問われる
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パンさんは、10歳の時、目の前で米兵に両親と兄弟を殺害された。
バンさんは10歳の時、目の前で米兵に両親と兄弟を殺害されたのを自分の目で見て、自分の心で悲しみを感じ、涙を流した。
夫が死んでも、私は涙も無く、感情も無い。
夫を失くした後、鳩山邦夫、戸井田徹、上杉隆、保坂展人は私を殺す為に中傷の勢いを増し、家を壊し、ギターの先生のギターまで傷つけた。
私を追い込み、「夫を失くした後、将来を悲観して自殺した」という脚本の為に動いた。
たろちゃん会安倍晋三脚本は、私のほんの一つの単語にさえ成り得ない。
自公政権殺人政権
総理がずらあ~~~っと並んで、朝日新聞記者にペットボトルのお茶をかけなさい。
私がずらああ~~~~っと並べて処刑してあげます。
いえ、生かして先ず仕事を奪って、そしてどうしたか?
貴方がした通りをしてあげます。
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県立武道館の清掃をしている中国大建管財株式会社は、養和病院不正措置入院の日に健康保険証を取り上げました。
私に打診も無く、その日に解雇しました。
母に解雇手続きの代理をさせました。
母は措置入院が「自傷の虞あり」という理由で行われたことを聞かされていません。
措置入院は不当であった場合、退院請求を出すことが出来ます。
それを待たずに一方的に解雇しました。
大建管財の社長はライオンズクラブの会長です。
自民党広江はじめの要請で何もかも企みました。
館長は神主をしながら、県立武道館館長を勤めています。
凄い外車に乗って通勤しています。
神主の仕事の日は早退、遅刻、休暇何でも可能です。
こんなことが鳥取県では通っています。
誰の時代でしょう?
2006年知事は誰だったでしょう?
貴方も又、私達を殺した犯人の一人です。
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わたくしは、わたくしが経てきた道を辿るように、そのようにフクシュウをします。
上杉隆ももうどうなんでしょう?
そろそろ使うのは止めた方がいいでしょう・・・
一日伸ばせば100人の視聴者を失います。
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復讐をすることを考えているのでもなく、私はくだらない事はしないので、考えないに決まっていますが、なぜか復讐になっていくのは、私の後ろにいる死んだ被害者と、生きて今日を奪われている被害者が、私に「助けてください」と言っているから・・・
私は自分の為に生きる必要を感じたことがありません。
私は何時もどんな目に遭っても、そのままで満ち足りていますから。
被害者救済の為に私を活かせるなら、これほどの喜びはありません。
私はその事を成し遂げるために生まれ、生きて、
ここにヒト科哺乳類としてただ有ります。
そして殺されるかも知れません。
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兵士は謝罪の必要はありませんでした。
アメリカが行った犯罪です。
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14:20 2009/08/24 月曜日
21:24 2009/08/24 月曜日


自民党公明党社民党はこのWIKIPEDIAの写真を今削除しました。
クラッキングし、不正侵入しました。
私が22時8分画像を再度入れました。
削除理由は新着フォトに載ってこの文章を読まれたくないからです。
画像はWIKIPEDIAにあります。
子供と二人の写真、女性一人の写真の2枚を貼りました。
この記事は私の殆どのブログに投稿します。
自民党公明党はソンミ村のWIKIPEDIAをカットしています。
英語の記載を見て下さい。
何倍もの量です。
自民公明が言論を弾圧してきたことがよく分かります。

2009年8月13日木曜日

千切れたい耳



捕獲された僕らの毛が剃られた
細い足が緑色に変わっていた
その時黄色の信号が弱弱しく点滅した僕のこころ
命の万屋の穢れたご機嫌がNATUREの表紙を飾った
僕の殺されたプライド
いっそ赤い血の色に染めてくれ
僕らは異分子排除の論文を切り裂く

貴方のその生は犠牲の上に在ります
私や彼女や彼らの閉ざされた目と
千切れたい耳と
手放した脳と
曲げられた指と
火傷だらけの手足と
奪われた私達の今の上にのうのうと在ります

命の重さに尊さに違いがありますか?
貴方が欲しい命のために私達はただの一瞬も私で在り得ない

死ぬ時には当たり前に死ねよな!

2009-08-12 03:11:44 水曜日
10:59 2009/08/13 木曜日

2009年6月26日金曜日

貴方がいないことが分かりません

貴方の事を思ってみましょう
貴方の写真があって
貴方の骨があって
貴方がいない

貴方を思うとは
貴方を愛するとは
貴方をずっとどうすることでしょう

貴方の骨を砕いた灰は
部屋にあります

貴方を思い続けるとは
貴方を思って泣き続けることでしょうか
泣いている時泣くことに懸命で
貴方はいません
貴方を思って愛し続けるとは
私を可哀相だと思って泣くことで
貴方はそのとき私の中にいません

貴方の写真にキスをして
貴方の器を抱き締めて
私を見てとつぶやきます
貴方は私を見ることはできません
私は貴方が生きている時よりやさしい声で
貴方の写真に話しかけて
その私の声を聞いています

貴方の写真を見ても
貴方の灰を抱いても
貴方がいないことが分かりません

1:49 2009/06/26 金曜日

2009年6月25日木曜日

スレチガウ

ねえあなたは
ツメタクテ
カタクテ
ダキシメテって言っても
抱き締めるしかなかった

壁のレッドバトラーがやさしい
知っていて
手を放す

やさしさになんだか
むしゃくしゃして

甘んじる
わたしのうで
腕に触れる
感触

あなたにあえない
あなたはどこにも
いない

会いたい
壁のまなざしはわたしのものではない
わたしをみた
わたしの何をみたの
あなたはいない
あなたはいなかったし
わたしもいなかった

背を向ける
見詰める
スレチガウ

会いたい

1:44 2009/06/25 木曜日
画面の色を不正侵入している自公に依頼された創価学会が変えます。
色は濃い紫で、赤紫ではありません。

戸井田徹は私の記事や上杉隆さんのブログのコメント津島派復帰の日付2008を2006に改ざん、鳥居正宏の夫死亡4月17日の自分の記事を5月に移し、私の記事中の日付を5月17日に変えました。こんな事をするのは自民党公明党が協力して夫を殺しているからだと思うしかありません。2009/6/25

塔和子さん利用自公サイト

下の1が今の検索結果です。2が私がLinkを外す前の検索結果です。>がこのサイトから来たメールの一部です。これは返信したものの中に残っていました。今日見ると、メールは創価学会が削除しています。クラッキング盗撮盗聴していますから、私が今日書く記事のことを知っています。前もって削除したのでしょうが、返信の中に残っているのを忘れたようです。塔さんは小さな島で暮らしていらっしゃいます。ハンセン氏病と闘って来られた方を利用しているサイトです。メールを削除したということは創価学会のサイトと言うことでしょう。それで断りもなく、私の実名を貼り付け、相互LINKなど頼んでもいないのに勝手にプロフィールを転載しました。私の前科一犯、精神分裂病などという浪速警察、大阪検察庁の書き込みと一緒に中傷の一貫として創価学会が行った事です。「ですので」という部分が詩を書く人の文章ではありません。
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>もちろん塔さんの許可を得て作成しています。文書でも許可を頂いております。
>塔さんは自分のHPができるととても喜んでくれました。
>このサイトは、塔さんの詩を一人でも多くの方に知っていただきたいという趣旨で作
成をはじめました。
>そして、ハンセン氏病元患者さん達の支援サイトでもあります。
>もう、絶版になってしまっている本を(許可を得て)掲載しています。
>厚労省は根本的にはハンセン病問題は終わったという姿勢です。
>ハンセン病を知らない世代も増えてきました。
>私は、この支援サイトを通して少しでも人々の理解を得たいと思っております。
>塔さんとは、もう24年ほどのお付き合いになります。
>私は塔さんを姉のように慕っています。
>塔さんもなくなられた塔さんのご主人の赤澤さんも私をずいぶん可愛がってくれまし
た。
>ですので、このサイト運営は恩返しの意味もあります。
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http://www.k4.dion.ne.jp/~poet/
ハンセン氏病と詩人塔和子の世界
1、ハンセン氏病と詩人塔和子の世界. ハンセン氏病と詩人塔和子の世界. ようこそ。 塔和子さんはハンセン病の元患者で、現在は国立療養所大島青松園というところに住んでお られます。「詩は生きることそのもの」という塔さんの長い間に書き続けられた詩は、 ...
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2、一昨年、昨年と続けて出ました「塔和子全詩集は好評で、多くの方にお読みいただき 嬉しく思っています。さて、いよいよ第三巻の出版の運びとなりました。私は元気といっ ても、ハンセン病の後遺症と二年ほど前からパーキンソン病を患っているため、編集はご ...
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島秀生さんはすごいコメントを掲示板に書き込んで私のIPを拒否しました。⑦は今日の午後書きましたが、拒否され、全てのコメントが削除されていました。逃げるなんて「面白いな」って大笑いしてしまいました。 りさは私です。創価学会の対応と同じですし、広告などという発想は創価学会と同じでしょう。⑦が私の感想ですから読んで下さい。後は昨日と同じです。島秀生の詩の投稿掲示板は「ハンセン氏病と詩人塔和子の世界」と繋がっています。これで二つの詩のサイトとGOOポエムの全てのサイトが創価学会と繋がっているということが分かりました。一般の方々がNETで詩を書けるような環境にしたいと思います。ブログを利用すれば簡単に詩を発表出来ますし、多くの方に自分の詩を読んでいただけます。ブログを使って本を出す事も出来ます。
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創価学会公明党ははいい加減に詩を盗んだり中傷して回るのは止めてください。
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http://6007.teacup.com/mydearmasikaku/bbs?BD=19&CH=5

該当記事が見つかりませんでした。原因は以下が考えられます。
* 投稿が管理者によって削除されたか、非表示の設定になっている
* 投稿が古いためログから削除された
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⑦この掲示板も創価学会ですか?投稿者:りさ 投稿日:2009年 3月17日(火)15時01分50秒
詩人?ですか?
こういうことを考える詩人?いません。
恥ずかしくありませんか?
盗作のことを知っていてNET詩人?って言っていました?
そういう本をあれだけ書いているわけですから、NETのことを知らないで書いていたということになります。もしその中に盗作した詩が入っていたらどうしますか?彼方の掲示板で宣伝しなくても、宣伝するだけならもっといいサイトがあります。改ざんされた自画像です。詩もこれと一緒で改ざんし、削除し、盗みます。泥棒に入ってまで盗んで行きます。創価学会以外に詩を盗む泥棒はいません。関西詩人協会??です。
「ハンセン氏病と塔和子の世界」というサイト、あれは詐欺サイトです。塔和子さんの許可は貰っていません。
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⑥ひとりごと 投稿者:島 秀生 投稿日:2009年 3月17日(火)07時43分52秒 なるほどな あれも自サイトへ客を呼ぶための「広告」だったんだ・・・ 新手だなあー
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⑤NETの詩と創価学会盗聴盗撮クラッキングは直結 投稿者:りさ 投稿日:2009年 3月16日(月)19時15分29秒   通報
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「ご投稿のあった作品は週1で評を書かせて頂きます。特に何も断り書きがない場合、「評が必要」なんだという見なしに致しますので、評が必要でない方は、投稿作品に「評不要」と但し書きをして下さい。また、なるべくたくさんの方に均等にご利用頂くために、ご投稿はお1人、1週につき2作までとさせて頂きますので、ご諒承下さい。」
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
私は創価学会にクラッキングされていますので、メールを書くことが出来ません。そしてそういうことを上記には書いてありません。しかし、仰っているのとは違って、詩以外のことが随分書き込んでありますね。盗作に心当たりがあります?このサイトと直結していて関西詩人協会会員です。一年以上前から見ています。今は私が監視していますから何も出来なくてくだらない詩を載せています。見ていない時は堂々と盗んだ詩を載せます。何故私が見ているか分るかと言えば創価学会クラッキング、盗撮盗聴と詩の盗作は直結しているからです。
http://haru41.cocolog-nifty.com
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④りささんへ 投稿者:島 秀生 投稿日:2009年 3月16日(月)16時06分17秒
わかりました。調べてみますが、その前にここは基本、メルアドを最初に届け出て頂くサイトですので、まずは、りささんも、管理人にメール届け出を済ませて下さいますように。メルアド届け出のない方が(ルールを守る気のない方が)、詩以外のものを書き込まれた場合管理人の判断で、書き込みを消させて頂くことは、当然あります。また、そもそもここは、議論するための場ではないのですから、内容以前に、それ自体が場にそぐうものではないと判断できます。ご意見は、直接、管理人宛のメールで、下さいますように。必要があると考えられる場合は、私自身の判断で、私自身の言葉として、ここに載せますので。以上、宜しくお願い致します。
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③盗作に直結 投稿者:りさ 投稿日:2009年 3月16日(月)11時33分26秒
ありがたいものをどうして消しますか?
この掲示板は盗作しているサイトに直結しています。
りささんへ 投稿者:島 秀生 投稿日:2009年 3月15日(日)08時59分57秒
りささんへ
ご注意とお気遣い
ありがとうございました。
http://haru41.cocolog-nifty.com
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②りささんへ 投稿者:島 秀生 投稿日:2009年 3月15日(日)08時59分57秒
りささんへ
ご注意とお気遣い
ありがとうございました。
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①詩は盗作されます、NETで 投稿者:りさ 投稿日:2009年 3月15日(日)01時36分43秒   通報
NETで詩が盗まれていることを知っていますか?
私は2004年から盗まれ続けています。
GOOのポエム投稿は創価学会の組織的投稿で、一般投稿者はいません。
創価学会が中傷して追い出しました。
NETで盗作されていない詩があるとしたら、創価学会員の詩です。

戸井田徹は私の記事や上杉隆さんのブログのコメント津島派復帰の日付2008を2006に改ざん、鳥居正宏の夫死亡4月17日の自分の記事を5月に移し、私の記事中の日付を5月17日に変えました。こんな事をするのは自民党公明党が協力して夫を殺しているからだと思うしかありません。2009/6/25
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22:49 2009/03/17火曜日
記事から島秀生のコメントの
⑥ひとりごと 投稿者:島 秀生 投稿日:2009年 3月17日(火)07時43分52秒 なるほどな あれも自サイトへ客を呼ぶための「広告」だったんだ・・・ 新手だなあーこの部分が外されていました。間違いなく・・・そういうことです。
19:04 2009/03/18水曜日
ここの投稿と島秀生を見ていれば創価学会の詐欺、詩の盗作サイトが分かります。

戸井田徹は私の記事や上杉隆さんのブログのコメント津島派復帰の日付2008を2006に改ざん、鳥居正宏の夫死亡4月17日の自分の記事を5月に移し、私の記事中の日付を5月17日に変えました。こんな事をするのは自民党公明党が協力して夫を殺しているからだと思うしかありません。2009/6/25

2009年2月24日火曜日

LINKは外します 

ハンセン氏病と詩人塔和子の世界
http://www.k4.dion.ne.jp/~poet/
私はこのサイトは塔和子さんのサイトだと思いました。
検索で見てもそういう書き方がしてありました。
しかし私に断りもなくプロフィールを貼られ、メールの名前を貼られてしまいました。
其処にある他のLINK先を見てみますとプロフィールに書いてあることがそのまま貼ってあるわけではありません。
やはり断ってから貼って頂きたかったし、メールの名前を勝手に貼られても困ります。
メールの返事も未だ返って来ません。
塔和子さんのプロフィールを載せてもいいでしょうが、やはり塔さん自身のサイトでないのならば自分のプロフィールにすべきでしょう。
塔さんの経歴は別にしなければいけないと思います。

それで上のサイトに関して責任が持てませんので、私は今日、自分の方からLINKを外しました。

21:55 2009/02/24火曜日

2009年2月17日火曜日

塔和子さんへ

今日先日出したお便りのお返事を頂きました。
詩人の塔和子さんと相互LINKを貼ることが出来ました。

私は塔さんの詩が好きです。

11月、難波警察が詩を盗む、記事を盗む、インクを盗むという理不尽で違法な創価学会警官の家宅捜索後、図書館で塔さんの詩集を見つけました。女性詩人の詩はちらっと見た事はあっても、買って読んだ事はありません。塔さんが何かを一言書くと、例えば「忘れて・・・」と書いただけで、その語の内側にただ記憶が消えるということだけでなく、開放や不安や予感や過去の不条理や束縛や様々な思いが想像(創造)されて、読んだ者の心を打ちます。

私は詩を読む事は殆どありません。ヘッセや谷川俊太郎さんの詩が一番私の思いに近いなと感じてはいます。詩集も持っています。

塔和子さんとハンセン氏病・・・
今も香川県の小さな島の施設で暮らしていらっしゃるようで、私は「会いに行こうかしら?」と昨日も思っていました。メールを削除されたり改ざんされていますので、届いていないかもしれないと思ったからです。今も他の病気での闘病生活を送っていらっしゃいますのでとても心配していました。

闘っている者にしか書けないことがあります。
その闘いはいつ終わるというものでもない果てしない闘いであり、「出口さえ無意味な管の中」と先日詩に書きましたが、そういう闘いに身を置いてきた塔さんの詩に感動し、少しでも近づきたいと思いました。そういうふうに思ったのは塔さん、ヘッセ、谷川さんの詩に対してだけです。生きることが誰にも分かりません。死を抱きしめ、死を背負った者にしか生きるということが分かりません。塔さんは絶望こそ生きる力である事に気付いている詩人だと思います。

さっきLINKを貼りました
ハンセン氏病と詩人塔和子の世界

塔さんのLINKが一番下にきましたので直そうと思いましたが、創価学会のクラッキングによって
Forbidden
You don't have permission to access /anataosute71/admin/ on this server.
何度直してもこのERROR表示が出ます。
塔さん、申し訳ありません。
順番は創価学会の不正アクセスによって直すことができません。

もし私の詩を読んで下さったのなら、私はそれだけでとても幸せです。

塔さんによろしくお伝え下さい。
私も頑張って生きます。

創価学会のクラッキングによる妨害があり、LINKを貼り、投稿するのに30分もかかりました。

2009年1月1日木曜日

怯えていた



怯えていた
私は怯えていた
叫びたかった
私は叫べなかった
生きる理由が無くなっていく
死の誘惑が私を縛っていった
私は身動きも出来ないほどの絶望を
黒い椅子の上で耐えた

怯えていた
怯えていると口にしたかった
孤独だった
淋しいと啼けるほど
さみしさは淋しい顔をしていなかった
抱いて欲しかった
夜の闇だけが私を抱きしめた

怯えていた
私は怯えていることを
誰にも知られないよう願った
同情でも良かった
一緒にいて
私の傍にいて
私の手を握り締めて
私を抱いて
言葉が体の中から消えて逝く

信じることから離れていった
信じられることからも離れていることに
気付いた
孤独だった
道の向こうに草原が広がっていることを夢見た
闇を抱きしめながら青い海にいた

必然が私を救っていった
私は美しさだけを愛するようになっていた
愛することだけが私を満たす
与えることで安堵した



今この瞬間私は光を
暗い夜の海に光を見ています
もう終わるんです 
何もかも
消えていっています

そしてこの詩を長かった月日に

2008.09.25 Thursday 03:28
詩 | - | -

JUGEM「ni-na」は不正な削除を22回以上繰り返されました。今のプロバイダーは私を守って下さっています。こうして新しいJUGEM「ni-na」を作り、毎日投稿できるのは今のプロバイダーのおかげです。OCN、ENJOYの創価学会員の不正によって、BLOGが削除されただけでなく、株式不正売買、クラッキングの証拠を隠滅されました。

この詩を書いて一年です。今も私は言葉をなくしています。創価学会の殺人行為です。この事を知っている人が何人もいると思っています。創価学会のサイト「仲良し3人組」は加害者が書いた被害者の記事です。嘘も多いBLOGですが、YAHOOにあります。GOO政治のsetagayaはいなくなっていますが、創価学会の被害者を装ったサイトでした。

2008年10月8日水曜日

海に行こう

海に行って
ないな

わたしの部屋から
貴方の歌が消える
わたしの部屋の中の
貴方が消える
わたしの部屋の中の貴方は消えて

私の部屋の窓辺から伸ばした手が
鳥のように
羽を広げるように
幾つも
野を超え海をめざす

貴方が

四角い箱の中にいた

貴方が

心配をしてくれるだけの
貴方ではなく
善意だけの

ヒト

ではなく

打算や薄情や気紛れを持っていて
甦った
私の翼を
傷つけたりする
ヒトで

私は

虚しさだけを青い空に見るのでは
なく
貴方に
憧れるように
飛ぶ夢を見たり墜落して沈んだり
心が砂漠みたいって言ってみたり
失くしていた

熱い
血が

隠し切れない


海に行こう

2008年10月6日月曜日

背の悲曲



素焼きの植木鉢にあたる可視光線の角度や強度は変わらない
開けようとしたサッシュの止まった位置
私の中の竦(すく)み
算段したわけでもない戸惑いがこの日の蔭と日向をつくる
枯れていく季節の楽観的なひだまりに遊ぶ不運

私はここにいて
あなたは埒外(らちがい)にいて
ラスクは硬くて
私はバスの中のシートベルトに縛られて
あなたは重い荷物の理不尽に身動きできなくて
手を振った

いつからか涙ぐむことのできなくなった少女
あなたの長い影が
人の世のギブスに棲(す)む処罰に力なく微笑む
抱き締めたい
抱き締めても抱き締められない背の悲曲

踏みしだかれた秋(とき)の花壇に
終わりのない回り道に
あなたをさがす
駆け寄りたい
うなだれた肩を抱き寄せたい

私は白い黄昏にいて
あなたは上辺で薄情になれなくて
神さえ逃げたあの朝
私はバスの窓を開けて
あなたは残りの未練を捨てて
手を振った

2008年9月13日 土曜日23:31:06

2008.09.25 Thursday 04:00
詩 | - | -

2008年9月25日木曜日

悲しみは



悲しみは 
折りたたんだ洗濯物の
そのたわいもない折り目にさえ 
潜んでいて
クレセンドとデクレセンド 
リフレインして

希望の光は 
ブラインドの隙間を
ブーメランのよう
行きつ戻りつ
飛ぶ鳥でさえ遮って
デクレセンドばかり
リフレインして
消えてゆく

夢を描いては
雨がそぼ降る田舎道 
突然降りた遮断機
潜り抜けもせず飛び越えもせず
ひたすら待つ
単調なメロディリフレインして 
魂ごと閉ざされるユクテ

2008年9月5日金曜日

空色の空間



空色に変わって行く
さまよってなんかいちゃ駄目だよって
わたしのいい人が教えてくれた
いい人はわたしの中に住んでいて
わたしの細胞のひとつなんだけど

たとえばこどものころ外は嵐で
空き缶が転がる音や
昼間遊んだ砂場のおままごと道具が
てんでばらばらに散らばった風景
にみょうちくりんなときめきを覚えたように

整理された有様よりでたらめな有様が好き
しあわせな景色よりふしあわせな景色が好き
それをかたちづくる人が好き
かたちづくる人の弱さのそばで
手を握り締めていることが好き

しあわせはわたしには退屈で
脂肪をたくわえた腹部のようで
怠慢でぶよぶよしていて
いのちに実感がなくて

だけど今日はあまりにも
取り乱した後だから
わたしの周りを空にして
わたしはいい人を呼び出して
この小さなお空で鳥のように飛んでみる

2004年8月31日21時16分


2008年8月21日木曜日

あなたに



刃物を突きつけるみたいに
追い詰め
訂正と修正を求められる幼い日に

あなたの暗い空から
いくつの星が
滲んで
零れ落ちたでしょう

晒すたびに
太陽からもらい受ける手の甲の黒点
背筋を伸ばして
街を美しく歩いても

帰るのは
この庭この家この部屋この机
小さな私

窓の外
屋根で切り取られた
穏やかな空

あの日
瞳の中で揺れた星が
今夜
見えますか

夕日が私の通(かよ)った道に沈んだ



夥(おびただ)しい言葉の息遣い
その背骨が遠ざかるのを見ていた
追い込まれ転がり込む赤裸々な嘲笑
鼠色の貨物列車が身体を通る
鉛筆が閉じた唇の内側で燃え尽き
それじゃあと

傷んだ紙の姿
直角に曲げる事のできない肘関節
土踏まずの蒼い痣

廊下を100周した
並んだ番号が景色だった
何処にも陽は昇らなかったし
夕日が私の通(かよ)った道に沈んだ

悔いはどっちつかずで
呑むみ込むばかりのヒトであったワタシ
嗄(しゃが)れ声の面倒が
ありったけの同意を求めたがり群れを成す
掴んで離さない確信的致死傷界隈の図柄

2008年8月2日土曜日

感情の剰余

世渡りには時の配分と微調整
ねじはせっかちに巻く
ベッドをぐるりと囲む放りっ放しの目覚まし時計
手に負えないものを引きずり込んでは添い寝する
朝の光は散乱を映し

語り下手な私は
爪先立ちでくるくる回って見せる
船底に這いつくばって床を磨く
否定が組み込まれた背骨は切なく捩れて
饒舌な唇を放心して見つめたのは昨日の昼過ぎ

窓際に並んでゆく牛乳パックに
角ばった瞬間の詰まった怒りや涙の枯骨が
どんな風に訪れ葬られて行くのか
深い所にいて
私は眠っていたのか

絶望や希望が海を想わせたのは
まだ春で
乳白色の悔いがやたらこびり付いた
洗面器の中
一人だけの気配を慈しむほか
季節を遣り過ごす手立てもない

縮尺された地球儀の点ほどの居場所も得られない
この当て所ない漂泊
機械のような男の抱擁も
友のひたすらな手も
小窓から差し込む光が暴く幾つもの汚点を見つめた後では
ただ疲労が纏わりつくだけ
見つめれば空気が破れ手のつけようもなく溢れ出す
鬱積した感情の剰余

2008年8月1日金曜日

恋の歌は聴かない

蛇口を開けると水が流れ
しばし流れ
蛇口を閉めると水が止まる
行為があって
躊躇いと確信を反芻し
結末があって

夢は夜見る
夢は朝も見る
白昼夢も
覚めない夢はない
言い切れるほど薄情にはなれない

恋の歌は聞かない
恋の終わりの歌を聞く

始める事も無く終わりを焦がれる
始める事も無く終わりに向って歩く
窓を開けることは無く
カーテンを閉めて廻る

これは習性だから
言い切るほど潔くは無い

目を閉じると見える風景がある
目を開くとここは空っぽの部屋

2005年