闘う時、山本義隆は論理を必要とし、論理に沿って闘う。
闘う時、山本義隆は自己否定を迫る。
闘わねばならぬ時、論理を要せず。
闘わねばならぬ時、自己を肯定せずにはいいられない。
闘う時、山本義隆は日常性を敵とせよと言う。
闘う時、山本義隆は闘いに終わりはない、日常を捨てろと言う。
闘わねばならぬ時、日常を見失い、
闘わねばならぬ時、日常性を取り戻そうとする
23:47 2019/03/08金
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