https://naritaetuko.jp成田悦子の翻訳テキストとちょっとしたこと

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2013年12月29日日曜日

「The Little House(小さな家)」page 1~32

岩波子どもの絵本の「ちいさいおうち」を、年末までに翻訳します。
「The Little House」
story by
Virginia Lee Burton

page1
昔、或る時、一軒の小さな家が、田舎の外れ辺りにありました。
彼女は、感じのよい小さな家でした。
その上、彼女は、頑丈で、申し分なく造ってありました。
彼女を、とても頑丈に建てた、その男は、言いました。
「この小さな家は、金貨や銀貨と引き換えに売られてはならない。彼女の中で暮らす僕達の曾々孫の曾々孫を見る迄、彼女は、きっと残っている。」

page 2
その小さな家は、丘の上に身を置いているだけで、心底幸福で、彼女を囲む田舎の様子を見守っていました。
彼女は、暁に朝陽が昇るのを見届け、夕べに、陽が沈むのを見届けました。
日は、それぞれが、以前のそれと少し異なって、その日の後に続きました。
けれども、その小さな家は、全く変わりません。

page 4
夜な夜な、月が、か細い新月から満月に変わってゆくのを見守りました。
そして、月さえない時、彼女は、星を待ち望みました。
遥か遠く離れた辺りに、彼女は、街の明かりを見る事が出来ました。
小さな家は、街について知りたくなりました。
いったい、どんな人がそこで暮らしたがるのだろう、と不思議に思いました。

page 6
彼女は、季節と共にゆっくりと移り変わる田舎の様子を見てはいましたが、小さな家にとって、時は、急いで過ぎ去ったのです。
春には、昼間が一段と長くなり、日差しがますます強くなります。
彼女は、最も早い駒鳥が、南方から帰るのを待ちました。
彼女は、芝生が緑色に変わるのを見届けました。
彼女は、樹木が芽吹き、林檎の木が一時(いっとき)に花開くのを見ていました。
彼女は、小川の中で、遊んでいる子供たちを見守りました。

page 8
長い夏の昼間、
彼女は、日向に身を置き、葉で自分を覆い隠している木々や、丘を覆う白いフランス菊を見ていました。
彼女は、庭が草木で覆われるのを見守りました。
それから、彼女は、林檎が赤く色付き、熟すのを見届けました。
彼女は、子供達がプールで泳いでいるのを見守りました。

page 10
秋に入り、
昼間が幾分短くなり、夜が心なしか肌寒くなりますと、
彼女は、初霜が、木の葉を、目も覚めるばかりの黄色や、橙色(だいだいいろ)や、赤色に染めるのを見ていました。
彼女は、作物が取り入れられたり、林檎が捥(も)ぎ取られたりするのを見届けました。
彼女は、学校に戻る子供達を見守りました。

page 12
冬に入って、
夜は長く、昼間は短くなり、田舎が雪で覆われますと、
彼女は、滑り降りたり、スケートをしたりする子供達を見守りました。
一年は、一年の後に続きます・・・
林檎の樹は、老い、新しい木が植えられました。
子供達は大人になり、街に行ってしまいました。
そうして、今では、夜になると、
街の明かりは輝きを増し、密集しているかのように思えました。

page 14
或る日、
小さな家は、曲がりくねった田舎道を、馬が牽(ひ)かない車が下って行くのを見て、驚きました・・・
あっという間もなく、そうした車が、路上の大半を占めるようになり、そうして、殆どの車は、馬で牽(ひ)かれなくなくなりました。
あっという間もなく、多勢の測量技師がやって来て、小さな家の前で、道筋を測りました。
あっという間もなく、蒸気シャヴルがやって来て、フランス菊で覆われた丘を通る道を掘り返しました。・・・
それから、何台ものトラックがやって来て、道に大きな石をどすんと落とし、次に、砂利を積んだ何台ものトラックが、その次に、コールタールピッチと砂を積んだ何台ものトラックが、そして最後に、蒸気ローラーがやって来て、それをすっかり平らに均(なら)し、そうして、道は、出来上がりました。

page 16
今はもう、小さな家は、トラックや自動車が往き来するのを見守っています。
ガソリン・ステイション・・・
道端の店・・・
そのように、小さな家屋が、出来立ての道路の後に続きました。
誰も彼も、そして何もかもが、以前より今の方が、遥かに速く進みます。

page 18
更に多くの道路が造られ、
そして、田舎は、多くの人々に振り分けられました。
更に多くの家屋や、更に大きな家が・・・
アパートメントゥやテネメントゥ・・・
学校・・・お店・・・そしてガリッジが田園を覆い尽くし、小さな家の周りを、ぎゅうぎゅう詰めにしました。
誰も、彼女の中に住んで、これ以上、彼女を管理しようとは思わなくなりました。
彼女は、金貨か銀貨と引き換えに、売られそうもありません。
そう、彼女は、只、そこに留まり、見物しているしかなかったのです。

page 20
今はもう、夜になっても、さほど静かでも、平穏でもありません。
今はもう、街の明かりが冴え、確実に追い迫り、街灯が夜通し輝いています。
「これが、街での暮らしに違いない。」と、小さな家はつくづく思いました。
実のところ、彼女がそれを好むかどうかは、お構いなしだったのです。
彼女は、フランス菊の野原や、月の光にゆらゆら揺れる林檎の木がない事を寂しく思いました。

page 22 
あっという間もなく、小さな家の前を、市街電車が往き来するようになりました。
それは、日中と夜間、往き来しました。
誰もが実に忙(せわ)しなく、誰もが急(せ)いているようでした。

page 24
あっという間もなく、小さな家の上を、高架列車が往き来するようになりました。
空気は、埃や煙が充満し、騒音が非常に高く、小さな家を震わせる程でした。
今はもう、彼女は、春が来ても、夏か、秋か、或いは冬なのか、知りようもありません。
何もかも、殆ど変わらない事のように思えました


page 26
あっという間もなく、小さな家の下を、地下鉄が往き来するようになりました。
彼女は、それを見られそうもありませんが、それを感じて、耳にする事は出来そうです。
人々は、益々手間を惜しんで行動しようしました。
もはや誰一人、小さな家に気付きません。
人は、脇目も振らず、事を急(せ)いていました。

page 28
あっという間もなく、人は、小さな家の周りのアパートメントゥやテネメントゥを取り壊して、広い地下室も掘り始めました・・・各々の側に一つ。
蒸気シャヴルは、片側に三階を、もう一方の側に四階を掘りました。
あっという間もなく、彼らは、建設し始めました。
彼らは、一方の側に二十五階を、もう一方に三十五階を建設しました。

page 30
今はもう、小さな家は、只、昼に太陽を見るだけでした。
そして、夜には、月も星も、全く見えませんでした。
街の明かりが、余りにも輝いていたからです。
彼女は、街の暮らしを好みません。
夜には、彼女は、月の光にゆらゆら揺れる田園やフランス菊の野原や林檎の木の夢を見ました。

page 31
小さな家は、とても悲しくて、心細く思いました。
彼女の塗料は、皹(ひび)が入り、汚れました・・・
彼女の窓ガラスは壊れ、彼女の雨戸は、歪んで嵌(はま)っていました。
彼女は、みすぼらしく見えました・・・
彼女は、これまで通り、家という形を辛うじて留めていましたが。

page 32
それから、春の或る晴れた朝、その小さな家を申し分なく建てた男の曾々孫が連れ立ってやって来ました。
彼女は、ぼろぼろになった小さな家に気付きました。
何れにせよ、彼女は、急いで通り過ぎはしません。
小さな家には、彼女を引き留め、もう一度目を向けさせる何かがありました。
彼女は、夫に話しました。
「あの小さな家は、私のおばあ様が少女だった頃住んでいた小さな家に、本当によく似ています。
只、その小さな家は、フランス菊や、あちこちに根を張る林檎の木で覆われた丘の上にある田舎の外れ辺りにあったの。」

15:24 2013/12/29日曜日