2022年2月28日月曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

その瞬間だけが、重要だった。永遠は、時の延長であってはならない、と言われているが、時に僕には、彼女の自暴自棄は、あの不思議な数学的無限の点、広がりを伴わない、空間を占有していない一点に触れるように思われた。時には何が重要だったか―彼女が一時(いっとき)から一時迄(そこには再びその言葉が登場する)その過去全て、その違った男達全てを知ってしまっても構わない、或いは彼女が真実の同じ意識で同じ陳述をしようとするかも知れない未来全て?そのように、僕も又、彼女を愛していると答えた時、彼女ではなく、僕が嘘吐きになった。僕は時間の自覚を失くしたことは一度もなかったから。僕には現在はここにはない。それは、何時も去年か、来週かである。

 「他には誰もいない。何れ又。」と彼女が言った時。彼女は嘘を吐こうともしなかった。そこに数学的点は存在しない、それが全てだが、という時間における矛盾がある。彼女には、僕が持つ以上の溢れる程の愛の能力があった。僕は時間の周りのそのカートゥンを下げることが出来ず、僕は忘れられず、僕は恐れることが出来なかった。愛のその瞬時にあってさえ、僕は罪の証拠を集めようとする警官に似ていた。やがて七年以上後に、僕はパーキスの手紙を開けた時、その証拠が僕の辛辣に添えるために、僕の記憶の中のそこに全てあった。

73

2022年2月27日日曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 僕には、自分がどういうつもりなのか正直なところ分からなかった。―僕はヘンリの様子は、自責の念を目覚めさせるのに好都合だったが、彼女は自責の念の抹消の格好の方法を持っていた。僕たちの休息と違って、彼女は自責の念に付き纏われていなかった。彼女の見解で事が為された時、それは遂行され、自責の念は、その行為と共に消えた。もし彼がちょっとどころでなく業を煮やして、

僕たちを捕えたとしても、彼女はそれをヘンリの不当と思おうとした。カサリック教徒は、過去の死手から、懺悔で解放されるとずっと言われている―確かに 尊重して、お前は彼女を生来のカサリック教徒と呼んだ。しかしながら、彼女は僕がそうする程度に、殆ど神を信じなかった。或いはそう僕がその時思い込みはしたが、今は不可解だ。

 この僕の本が、きちんとした経過を辿ることに失敗しても、それは僕が未知の領域に迷い込んだからだ。僕は地図を持たない。僕は時に、僕がここで何か降ろそうとしているものが本物かどうか、疑わしい。僕はあの午後、彼女が問い質(ただ)されることもなく、僕に突然、「私は、私が貴方をそうする程、誰も何ものも嘗て愛したことはなかった。」と言った時、これ程までの完璧な信頼の感触を得た。半ば食べかけのサンドゥウイチを彼女の手に持って、そこで椅子に座りながら、彼女は自分自身を彼女が硬木の床の上で五分遡(さかのぼ)ってしてしまったのと同じくらい、完全に捨てていた。僕たちは、僕たちの大半は、そんなに完全に陳述するのを躊躇った―僕たちは思い出す、そして僕たちは予知し、やがて僕たちは疑う。彼女は、全く疑いを持たなかった。

72

2022年2月26日土曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 「彼が聞いていたら。」僕は言った。「彼が通りがかった時。」

 「彼は、それが何だか知ろうともしなかった。」

 僕にはどう見ても疑い深いように見えた。彼女は退屈な優しさを以って、「可哀そうなヘンリ」を説明したから。それはたまたま起こったことではなかったー丸十年の内にではなく、しかし全く同様に、僕たちは僕たちの安泰をそれ程確信してはいなかった。僕たちは耳を傾けながら、その段が再び軋むまで,静かにそこに座っていた。僕がかなり不必要に声高に言った時、僕の声は自分自身に、掠(かす)れて不誠実に聞こえた。「あの玉葱のあるシーンを、貴女が好きでよかった。」そこでヘンリがドアを押して開け、中を見た。彼は、グレイのフランネルカヴァを載せたホットゥ‐ウォ-タ‐ボトゥルを運ぼうとしていた。「ヘロウ、ベンドゥリクス。」彼は囁いた。

 「貴方は自分でそれを取って来ちゃいけないわ。」彼女は言った。

 「君たちの邪魔をしたくなくて。」

 「昨夜のフィルムについて話していたの。」

 「貴方が欲しいものなら何でも手に入れるといい。」彼は僕に囁いた。彼はサラーが僕のために出したクラレットゥをちらっと見て、「彼に『29』をあげたら。」、とそのフランネルカヴァの中のホットゥ‐ウォ-タ‐ボトゥルを握りしめながら、彼は彼の特徴のない声で囁き、又ぶらっと出て行って、そして又、僕たちだけになった。

 「気になる?」僕は彼女に尋ねたが、彼女は彼女の頭を振った。

71

2022年2月25日金曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

  誰かが誰かを求めたあの日々、そこにはどんな疑問もなかった―僕たちは欲望の只中に共にいた。ヘンリは彼の緑のウールのガウンを着て、二つの枕に寄りかかってきちんと座り、彼のトゥレイを抱えていた。そして部屋で下に、支えのためのシングル・クションを置いた硬材の床の上、それにドアは半開き、僕たちは愛を育んだ。その瞬間が来た時、ヘンリが頭上でそれを聞くのを懸念して、その未知の哀れで怒ったような自暴自棄の叫び声を削ぐために、彼女の口の上に、そっと僕の手を置かなければならなかった。

 思い巡らすと、僕はまさに彼女の頭脳を啄(ついば)むつもりだった。僕は彼女の側で床の上に蹲り、僕がこれを二度と見てはいけないかのように見守り、そうして見守った―一貯まりの酒に似た茶色い曖昧な色をした髪、彼女の額の汗、激しい呼吸、彼女はレイスを走って来たかのようで、今、若い陸上競技選手のように、勝利の過度の疲労で横になっていた。

 するとその時、階段が軋んだ。瞬間、僕たちは僕たちのどちらも動かなかった。サンドゥウイチはテイブルの上に食べずに積み重ねられ、グラスは満たされていなかった。彼女は小声で言った。「彼は階下に行ったわ。」彼女は椅子に座り、彼女の膝に皿を、彼女の側にグラスを置いた。

70

2022年2月24日木曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 「ヘンリが風邪を移されたの。彼は家にいるわ。」

 「もし貴女さえここに来れるなら・・・」

 「私は電話に出るために、家に居なきゃいけない。」

 「彼が風邪を移されたからってだけで?」

 昨夜、僕はヘンリに親しみと同情を感じた。それにもかかわらず、もう彼は敵になって、馬鹿にされ、憤慨され、密かに動きを止められた。

 「彼は完全に彼の声を失くしたの。」

 僕は彼の病気の不条理に、意地の悪い喜びを感じた。 

寡婦年金についてしわがれた声で無駄に囁く、声の出ない文官。僕は言った。「貴女に会うには何か方法はない?」

 「でも、勿論。」

 「通話中一瞬の沈黙があり、僕たちは切られたんだと僕は思った。僕は言った。「ヘロウ。ヘロウ。」しかし彼女はそれが全てだと思って、注意深く、落ち着いて、素早く、適当な答えを直ぐ僕に伝えられたら、と考えていた。「私は一時にヘンリにベッドゥでトゥレイを与えるつもりよ。私たちは私たちで、居間でサンドゥウィッチを食べたらいいわ。私は貴方がフィルムについて話したいようだと彼に伝えるわ―それとも貴方のあの小説を。」彼女は直ぐ電話を切り、信頼の感覚が断たれて僕は思い付いた、何回前から、丁度こんな風に、彼女は計画するようになったのか?彼女の家に行き、呼び鈴を鳴らした時、僕は、敵兵―或いはパーキスや彼の若い者が、数年後、彼女の行動を見張ろうとしているように、彼女の言葉を待ち構えている探偵のように、思えた。その時ドアが開き信頼は回復した。

69

2022年2月23日水曜日

The End of the Affair/ Graham Greene 成田悦子訳

 そこには何時も僕たちが会えない理由があった―歯医者又は理容師との約束、ヘンリがもてなした時、彼らが単独で一緒だった時。彼女自身の家の中で、僕を裏切るような機会(恋人の自己本位で、非実在の義務というその暗示を伴ったその言葉を、僕は既に使っていた。)を彼女は持とうとしないということを、自分自身に上手く説明していなかった。ヘンリが寡婦年金に取り組んでいた間か、或いは―彼は間もなくその業務から配置転換されたからか―ガスマスクの配布や公認の段ボール箱のデザインのその業務へ。僕は、最も危険な境遇にあって、喩えそこに欲望があったにしても、愛を育むことが可能かどうか分からなかったから?不信は恋人の立身出世に連れ増大する。何故か、僕たちが互いを見たまさに次の時、僕は不可能に電話をしてしまった、まさにそんな具合に。それは身に降りかかった。

 僕はの僕の心にじっと留まっている、彼女の最後の用心をの助言の悲しさと共に目覚め、起床の三分以内の電話の彼女の声が、それを一掃した。前にも後にも、電話で只話すだけで、まるで気分をそんなに変えられる女を、僕は知らなかった。又、彼女が部屋に入って来るか、僕の傍らに彼女の手を置く時、彼女は忽(たちま)ち僕が別れの度に見失う絶対の信頼を築いた。

 「ヘロウ。」彼女は言った。「貴方は寝てるの?」

 「いや。僕は何時貴女に会える?今日の朝?」

68

2022年2月22日火曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 事実上僕が遠ざけるものを、まるで愛したかのようなこうした表現を綴ろうとする己を発見するのは妙だ。時に僕は、僕そのものの思いを認めない。「暗闇」のような表現について、或いは、祈る者について、僕が何を知ろう?只一人の祈り手でさえ誰が持とう?それが全てであり、死によって、夫人の衣服、匂い、クリームのポトゥ(壺)といった使う者がいなくなった所有の中に、取り残される夫のように、僕はそういうものを受け継いでいた・・・

それでも未だに、そこにはこの平和があった・・・

 それは僕がそうした戦争の最初の数か月をどう思うかである―それは、いんちきな戦争と同じく、いんちきな平和だったのか?それは、疑念と期待のあの数ヶ月、一貫して安楽や安心の腕を伸ばしていたように今は思える。しかしその平和は、僕は想像する、当時でさえ意見の相違と疑いによって、何度も中断されたに違いないと。只悲しさや諦めといった心持ちの他に、全くうきうきした気分もなく、あの初めの夕べ、家に帰り着いた、丁度そのように、そうして繰り返し繰り返し、僕は、数多くの男達の中の唯一の者―差し当たりお気に入りの恋人だという確信と共に、以前は家に戻って来た。僕があれほどまでに憑りつかれたように愛したこの女だから、夜、僕が目覚めたら、直ぐに僕の頭の中に彼女への思いを探し、眠りを投げ打ち、僕のために彼女の時間の全てを放棄するように思われた。それでも尚、全く確信の感触を得られなかった。愛の行為で、僕は尊大であっても許された。しかし一人僕はひたすら不信を、しかめっ面や不自由な足に求めずにはいられなかった―何故僕を?

67

2022年2月21日月曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 BOOK TWO

1

不幸の感覚は幸福のそれより頗(すこぶ)る伝え易い。窮乏にあると、僕たちは僕たち自身の実在に気付くようだ。喩え不条理な自己中心癖の形態を成していようとも、この僕の痛みは、個別的である。一瞬怯(ひる)むこの神経は、他にではなく僕に属す。しかし幸福は、僕たちを壊滅させる。僕たちは自らの主体性を失う。人間愛という言葉は、神という彼らの目を説明するために、聖者らによって使われて来た。そしてそこで、僕は想像する、僕たちが女に対して感じる愛の激しさを説明するために、僕たちは祈る者、黙祷、瞑想の言葉遣いを駆使するとよかった。僕たちは、記憶、知識、聡明さを捨てもし、そして僕たちは、剥奪、ノチェ・オスクラ、そして時に報酬として、短い平和のようなものを経験する。愛の行為それ自体は、一瞬の死と描写されて来た。そこで恋人たちは、時に短い平和も経験する。

66

2022年2月20日日曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

  僕は共有地の彼女の脇に、彼女の家を見た。ヘンリの明かりは、彼の書斎のドアの下を照らし、僕たちは二階へ向かった。居間で僕たちは、身動きできないように、互いの体に寄りかかり、僕たちの手を取り合った。「彼が上がって来そうだ。」僕は言った。「今にも。」

 「私たちは彼の気配を耳で聞けるのよ。」彼女は言い、彼女はぞっとするような明晰さで、付け加えた。「あそこには何時も軋む一段があるの。」

 僕は僕のコウトゥを脱ぐ暇もなかった。僕たちはキスをして、階段の軋みに耳を傾け、ヘンリが入って来た時、彼女の顔の冷静さを悲しく見守った。彼女は言った。「私たちは、きっと貴方が上がって来て、私たちに飲み物を下さるわ、と期待していたところなの。」

 ヘンリは言った。「勿論。貴方は何を飲む、ベンドゥリクス?」僕は飲み物は欲しくないと僕は言った。僕にはしなければならない仕事があって。

 「貴方は夜には仕事をしない、と言ってたと僕は思うのだが。」

 「オウ、こういうのは数に入れていない。批評。」

 「面白い本?」

 「ではない、かなり。」

 「僕に貴方の能力があったらなあ―出来事を書き留めるだけの。」

 サラーはドアに向かう僕に目を遣り、僕たちは又キスをした。その瞬間に、僕が好ましく思ったのは、サラーではなくヘンリだった。それはまるで、過去の男全員、未来の男全員が、現在を覆う彼らの影を投げかけたかのようだった。彼女は僕に聞いた。彼女は何時も、キスや頭の中の囁きの背後の意味を、読み取るのが速かった。

 「何でもない。」僕は言った。「僕は朝、貴女に電話するよ。」

 「私が貴方に電話するわ、その方がいいでしょ。」彼女は僕に伝え、それに用心をと、僕は思った、用心かと、彼女が、このようなことの指揮の取り方を如何によくよく心得ているかを。そこで又僕は、何時も―「何時も」は彼女が使って来た表現だった―軋んだというその段を、又思い出した。

65

2022年2月19日土曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

その半分は消えた―変わらず利用されるホテルは、粉々に爆破され、その夜、僕たちが愛情を育んだ所は、継ぎ接ぎだらけだった。それがブリストルだった。そこにはホールに鉢植えのシダがあり、僕たちは青い髪の女支配人によって最高の部屋を見せられた。本物の大きな金箔を貼ったダブルベッドゥや赤いヴェルヴェットゥのカートゥンや等身大の鏡のあるエドゥウオードゥ七世時代の部屋を。(アーバックル・アヴェニューに来た人々は、トゥイン・ベッドゥを要求しなかった。)つまらない詳細は、とてもよく覚えている。支配人は僕たちが夜泊まりたいかどうか、どうなさいますかと僕に尋ねた。部屋代はショートゥ・ステイで15シリングかかり、電気ミーターは数シリングかかるだけで、僕たちは、二人の間で、一枚も持ち合わせていなかった。しかし僕は他に何一つ覚えていない―サラーは初めどんな様子だったか、或いは僕たちがどんなことをしたか、それを除けば、僕たちは揃って神経質で、愛を育むには最悪だった。それは重要ではなかった。僕たちは始めてしまった。―それが核心だった。そこには、その時に賭けた全人生があった。オウ、それにそこには、僕が何時も覚えているもう一つのことがある。僕たちの部屋(30分後「僕たちの部屋」)のドアに凭れ、僕がもう一度キスをして、彼女のヘンリへの帰宅を思うとどれだけ厭になるか言った。彼女は言った。「心配しないで。彼は未亡人の件で忙しいの。」

 「彼の貴女へのキスを考えただけで厭だ。」と僕は言った。

 「彼はしないのよ。玉葱以上に彼が嫌うものなんか全くないんだもの。」

64

2022年2月18日金曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 それはありそうもないが、恋に落ちるのはまさにその時だ、と僕は断言できるような気がする。それは、勿論、単に玉葱では済まなかった―それは後であんなにもしばしば僕を幸せにしたり惨めにもした率直という一人前の女のその思いがけない感覚だった。僕はクロスの下に僕の手を置き、彼女の膝の上にそれを広げた。すると彼女の手が下りて来て、適格に僕のを捕えた。僕は言った。「それは美味しいステイクだ。」そして彼女の答えを詩のように聞いた。「私が今まで食べた中で、それが最高だわ。」

 そこには追跡も誘惑も全くなかった。僕たちは僕たちのお皿にステイクを半分、クラレットゥ三分の一を残して、僕たち二人、同じ心の同じ意志で、メイドゥン・レインの中に出て来た。ぴったり前と同じ場所で、出入り口と鉄格子(排水口)の側で、僕たちはキスをした。僕は言った。「僕は恋をした。」

 「私も。」

 「僕たちは家に帰れない。」

 「いいわ。」

 僕たちはチャーリング・クロス駅経由のタクシを拾い、僕はアーバックル・アヴエニューへ、僕たちを乗せていくよう運転手に話した―それは、彼らがイーストゥボーン・テラス、贅沢な名前、リッツ、カールトンやその類を持つパディントン・ステイションの側に沿って古くから立つホテルの列、に彼ら自身の間で与えた名前だった。こうしたホテルのドアは、何時も開いていて、貴方は日中一、二時間、何時でも部屋を取れる。一週間前、僕はテラスを再訪した。

63

2022年2月17日木曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 そのシーンは成功だった。言葉或いは筋に僅かな誇張もなく、何は取り敢えず、普通の単純な挿話を通して、激情の意味するところを、伝えることを望んで来たし、それは機能していた。ちょっとの間、僕は幸せだった―これが書くことだった。何か他に惹かれることは、世界になかった。僕は家に帰って、そのシーンを繰り返し読みたくなった。僕は何か新たなもので勝負したかった。僕は願った、どれだけ願ったか、そのことを、夕食にサラー・マイルズを招待していなかったら。

 後で―僕たちがルールズに戻ると、彼らは僕たちのステイクを今しがた取って来てくれたところだった―彼女は言った。「貴方が書いたのよ、あのシーン、そこにあるわ」

 「玉葱について?」

 「そうよ。」そして丁度その瞬間、玉葱の一皿がテイブルに置かれた。僕は彼女に言った―その夕暮れ、彼女を強く求めることなど、僕の心を過(よぎ)りもしなかった―「それでヘンリは玉葱を気にする?」

 「そう。彼はそんなものには耐えられないわ。貴方はそんなものが好き?」

 「うん。」彼女は僕にそんなものを取ってくれた。それから彼女自身も取った。

 玉葱の一皿を越えて、恋に落ちることは可能か?

62

2022年2月16日水曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 彼らはウオーナーズやその他で僕の本の一つのフィルムを見ていた。一部「誇示する」ために、一部、キスは儀礼的であるため、何故か従わされなければならないと僕は思ったから、一部又、僕は未だに文官の結婚生活に興味があったから。僕はサラーに僕と一緒に来るよう頼んだ。「僕は、そりゃあヘンリに愉快じゃない依頼だと思う?」

 「どうってことないわ。」彼女は言った。

 「彼はこの後、夕食で私たちと一緒になる筈だった?」

 「彼はたくさんの仕事を自分で持ち帰っているの?或るお粗末な自由主義者が、議会で来週、未亡人について質疑を問い質そうとしている。」自由主義者は―確か彼はルイスと呼ばれたウェールズ人だったと思う―私たちのベッドゥは、あの夜、私たちのために作ったと、貴女は言っても構わなかった。」

 そのフィルムはいいフィルムではなかった。そして、時々それは、状態を見るには酷く痛み、それは、僕には随分現実的で、映像のありきたりの在庫の中に巻いてあった。僕はサラーと一緒に何か他のものに行きたかった。先ず僕は彼女に言って置いた。「あれは僕が書いたものじゃない、貴女も知っているでしょ。」しかし僕はそう言い張ることができなかった。彼女は同情して、彼女の手で僕に触れた。僕たちは、子供や恋人たちが用いる天真爛漫な抱擁に、僕たちの手を取り合ってそこに座った。突然しかも予期せぬことに、たった数分の間、そのフィルムは生き返った。これは僕の小説だということも、これは僕の台詞回しだったことも僕は忘れ、安レスタラントゥでの慎ましいシーンに、純粋に心動かされた。恋人同士が玉葱付きステイクを注文して、彼女の夫はその匂いを好まなかったから、娘はちょっと玉葱を食べるのを躊躇った。恋人が傷付き、腹を立てたのは、彼女の躊躇いの背後に何があるか、彼には分からなかったから。それは彼女の帰宅時、避けられない抱擁を、彼の心に齎した。

61

2022年2月15日火曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 Ⅶ

嫉妬は、又そう僕は常々信じていたのだが、欲望と共にのみ在る。旧約聖書の作家らは、その言葉「嫉妬する神」を使うことを好み、おそらくそれは、神の愛の信仰を表そうとする彼らのおおざっぱで遠回しな方法である。がそこには様々な欲望の種類があると僕は想像する。僕の欲望は、今、愛より憎しみに近く、ヘンリを僕が信頼するには訳があり、サラーが一度僕に話したことからすると、彼女に対しては、僅かな欲望でも感じることを長く止めて来た。そして未だに、僕は思う、そうした日々、僕と同じくらい彼は嫉妬した。彼の欲望は単に仲間付き合いのためにあった。彼は初めてサラーの信頼から締め出されたと思った。彼は悩み、落胆していた―彼は、何が行われていたか、何が身に降りかかろうとしていたか、知らなかった。彼はひどく無防備の中を生き続けていた。限界に向かって、彼の窮地は、私のものより酷かった。僕は何一つ所有していないという安心感を持っていた。僕は僕が失った以上持つことは出来なかったが、彼は尚も、食卓での彼女の存在、階段での彼女の足音、ドアの開け閉め、頬へのキスを所有していた―僕は今、もし他にもたくさんあるとすると、疑わしく思う。しかし一人の飢えている男には、どんなに多くとも、そのくらいがずっと相応しい。

そしておそらく何がそれを悪化させたにせよ、彼は一度は僕が持ったことのないような安心感を満喫したことがあった。。何故か、パーキスさんが共有地を横切って引き返したその瞬間には、彼はサラーと僕が嘗て恋人だったと知りもしなかった。そして僕がその言葉を書く時、僕の頭は、僕の意志に逆らって、苦悩が始まったその地点に、否応なしに連れ戻す。

 僕がサラーに電話する前、メイドゥン・レインでの不器用なキスの後、丸一週間が過ぎ去った。彼女はヘンリは映画を好まず、だから彼女は滅多に行かないと夕食で触れていた。

60

2022年2月14日月曜日

The End of the Affair/GrahamGreene 成田悦子訳

  「僕はそれを楽しんだ、パーキスさん。」僕は皮肉抜きで言った。「心配しないよう心掛けなさい。貴方の若い者は、貴方を手本にするしかない。」

 「彼は彼の母親の頭を持っています、サー、」と彼は悲しそうに言った。「私は急がなければ。そりゃあ外は寒いというのに、私は離れる前に、いい避難場所を彼に見つけてやりました。それにしても彼は非常にすばしっこいものですから、濡れないでいるとは思えない。経費に署名して頂けますか、サー、もしそれを承認して下さるなら?」

 僕は僕の窓越しに、彼を見守った、彼の薄いレインコウトゥと共に姿を現し、彼の古い帽子が消えて行くのを。雪は勢いを増し、既に三つ目のラムプの下、彼は泥が透けて見える小さな雪だるまに似ていた。僕が十分の間、サラーのことも、僕の嫉妬のことも考えなかったということは、驚きを伴って僕の身に降りかかった。僕は他人の悩み事について考えられるほど,人間味を増していた。

59

2022年2月13日日曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 「貴方は彼に、僕がその男を確認できると話せなかったの―まさにそのことを、それとも僕に関心がなかった?」  

 「貴方は親切にそのことを示唆して下さる、サー、しかし貴方はこれをあらゆる角度から見なければならない。私は私の若い者にも、そうしないとは言いません。しかし彼はどんなことを考えようとするでしょう、もし彼が貴方と交わって近付けば―調査の成り行きで?」

 「それは必要ない。」

 「それでもそういうことは十分に起こり得ます、サー。」

 「どう、今回は彼を家に残して置きませんか?」

 「それではことを悪化させます、サー。彼には母親がいず、それは彼の学校の休日のことで―サヴィッジ氏の十分な承認を得て。いえ、あの時私自身馬鹿なことを致しました。それで私はそのことを正視しなければなりません。只彼が本当にさほど気真面目でなかったら、サー、が彼は私が浮浪者を作る時、それを心に仕舞い込みます。或る日プレンティス氏―それはサヴィッジ氏の助手で、かなり厳しい方です、サー、―は言いました。『貴方の他の浮浪者たちは、パーキス、』その若い者達の聴取の中で。それは初めて彼の目を開けたことです。」彼は法外な決意の様子と共に立ち上がった。(他の男の勇気を誰が測っていいものか?)そして言った。「私は私の問題について話しながら、貴方を守っていました。」

58

2022年2月12日土曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 突然傷を負い、今や次の企てを立ちすくんで待っているかのように、彼は彼の口を少し開けて僕をじっと見た。僕は言った。「僕は過ちというものは、度々起こると思います、パーキスさん。サヴィッジ氏は僕に伝えて置くべきだった。」

 「オウいえ、サー。」彼は居心地悪そうに言った。それから、彼は彼の頭を垂れて、彼の膝の上に置いた彼の帽子の中を見ながら、そこに座っていた。僕は彼を元気づけようとした。「そんなのは本気じゃあない。」僕は言った。「もし貴方が外側からそれを見ていれば、、それは実に全くおかしい。」

 「しかし私は内側にいます、サー。」彼は言った。彼は彼の帽子を回し、外の公有地と同じくらい湿り気のある侘びしい声で続け、「それはサヴィッジ氏ではなく、私が気を付けます、サー。貴方が専門的職業の中で会うのと同じくらい部下を理解しています―それは僕の若い者です。彼は私について大いなる認識を持って始めました。」彼は彼の窮乏の深みから、非難しながら脅えた笑顔を取り出した。「彼らがする読書の種類を貴方は知ってらっしゃる、サー、ニック・カーターズやそのようなものを。」

 「何故そもそも彼がこのことについて知って置くべきだったか?」

 「貴方は子供を連れて真面目に振舞った、サー、すると彼はきっと疑問点を尋ねます。どのように僕が究明するのかを、彼は知りたがるでしょう―それが彼が学んでいることです、徹底的に究明するために。」

57

2022年2月11日金曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 「教会?」

 「ロウマン教会、サー、メイドゥン・レインの。貴方はそこら一帯にそれを見つけるでしょう。しかし祈るためではなく、サー、座るために。」

 「貴方はそれさえすっかり知っているんでしょ?」

 「当然、私は当事者について中へ入りました。誠意を持っているように見せようとして、私は二、三席後ろで膝まづきました。私は貴方に保証できます、サー、彼女は祈らなかった。彼女はロウム信者ではないでしょ、サー?」

 「いや。」

 「それは暗いところで座るためでした、サー、彼女が落ち着くまで。」

 「もしかして、彼女は誰かに会おうとしていた?」

 「いいえ、サー、彼女はそこにたった三分いただけで、誰にも話しかけていません、喩え貴方が私に聞いても、彼女は心ゆくまで泣きたかったのです。」

 「ことによると。しかし貴方は手口が間違っています、パーキスさん。」

 「手口、サー?」

 僕は明かりが僕の顔をもっと十分捕えるように、移動した。

 「私たちはそこまで手口に触れたことがありません。」 

 今や僕が僕の物笑いの種を引き受けてしまったものだから、彼には気の毒だと思った―元来非常に憶病な誰かを、尚、更に脅えさせたとしたら気の毒に思った。

56

2022年2月10日木曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 「僕はその場所を知っている。」

 「私は私の報告書を要約しようとしてしまいました、サー、絶対必要なものへ。」

 「全くその通り。」

 その報告書は続いた。「昼食後当事者たちは一緒にメイドゥン・レインを上手へ向かい、普通の食料雑貨店の外で分かれました。私は彼等は素晴らしい感動の下で苦しんでいるという印象を持ち、もしこの調査にそう言っても構わないのなら、彼らは望ましい幸せな結末のために分かれるのかも知れないということが私には思われました。

 又彼は心配して僕を遮り「貴方は私的接触を許そうとしますか?」

 「勿論。」

 「私の職業でさえ、サー、私たちは時々感動した私たちの感情に気付きます。それに私はその女性が好きです―問題の当事者、その人が、です。」

 「私は紳士か問題の当事者に随行すべきかどうか躊躇いましたが、私は私の指示は前者を許さないだろうと決めました。故に私は後者に従いました。彼女は非常に興奮した様子で、チャーリング・クロス・ロウドゥへ向かって少し歩きました。それから彼女はナショナル・ポートゥレイトゥ・ギャラリに入りましたが、二、三分いただけです・・・」

 「何かもっと重要なことがありますか?」

 「いいえ、サー。彼女は腰を下ろす場所を探していただけだと思います。次に教会に入りましたから。」

55

2022年2月9日水曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

  「私と私の若い者は、最も近い長椅子に腰掛けました。」僕は読んだ。「当事者とその紳士は、明らかに非常に親密で、堅苦しさはなく、愛情を籠めて互いを遇し、或る時には、テイブルの下で手を握っていたと私は思います。当事者の左手、その種のぎゅっと握ることを大抵それとなく示す紳士の右手も又、視野の外にありました。私ははこのことを確心出来ませんでした。短くて親密な会話の後、彼らはルールズ同様その客に知られた閑静で人目につかないレスタラントゥへ、徒歩で向かいました。テイブルより寧ろ長椅子を選んで、彼らはポーク・チョップを注文しました。」

 「ポーク・チョップは重要ですか?」

 「それは身元確認の目印になるかも知れません、サー、もし頻繁に耽溺するとしたら。」

 「貴方はその時男の身元確認をしなかったの?」

 「貴方は気付くでしょう、サー、読み進めれば。」

 「私がこのポーク・チョップの注文を観察した時、私はバーでカクテイルを飲みましたが、どのウエイタからもバーの向こう側の女性からも、その紳士の身元確認を引き出せなかった。」にもかかわらず、私は私の質問を、曖昧で無頓着な態度で表現しました。それは明らかに好奇心を刺激し、そこで私は出た方がいいと考えました。しかしヴォードゥヴィル劇場の舞台門衛と馴染みになることによって、僕はそのレスタラントゥを観察下にして置ける。」

 「どのように?]僕は尋ねた。「貴方は馴染みになりましたか?」

 「『ベドゥフォードゥ・ヘッドゥ』というバーで、サー、当事者たちが間違いなくチョップの注文に専念しているのを見ながら、その後。劇場へ彼を同伴して戻りました。そこにはステイジ・ドアが・・・」

54

2022年2月8日火曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

    1月19 地下鉄      2シリング4ペンス

      瓶入りビア    3シリング

      カクテイル    2シリング6ペンス      

                 苦みのパイントゥ 1シリング6ペンス

 彼は又僕が読むのを妨げた。「そのビアは私の良心にかけてほんの少量です、サー、私が不注意のためにグラスを駄目にしたからです。しかし、何か報告すべきことがあるとすれば、私は縁を少しだけでした。貴方もご存知のように、サー、期待外れの週が時にはありますが、それにしても今回は二日目に・・・」

 勿論僕は彼だと思い当たった、彼のまごつかされた若い者を。僕は一月19の下を読んだ(僕は一月18に下らない動向の記録が一つだけあるのを、一目で勘付いてしまった。)「問題の当事者は、ピカディリ・サーカス行きバスで行きました。彼女は動揺しているようでした。彼女はカフェ・ロイアルへエア・ストゥリートゥを上へと進みました。するとそこに、紳士が彼女を待っていました。私と私の若い者は・・・」

 彼は僕を一人にして置こうとしない。「貴方は気付かれるでしょう、サー、それは違う筆跡です。私は僕の若い者に、何とはなしに人目を憚(はばか)る性質の場合、決して報告書を書かせません。」

 「貴方は彼に十分な注意を払っていますね。」と僕は言った。

53

2022年2月7日月曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 「彼は料金に入っているのですか?」

 「私が私の報告書を作る間だけです、サー。」

 「彼は何歳ですか?」

 「12過ぎ。」まるで彼の若い者が時計であるかのように、彼は言った。「若者は有用な上に、コミック以外何一つ要らない。おまけに誰も彼に気付きません。少年たちは生まれながらの浮浪者です。 

 「それじゃあ若い人にとって半端な仕事のように思う。」

 「そうですね、サー、彼は、現実の重要性を分かっていません。もしそれがベッドゥルームの中で急に起こることになれば、僕は彼を後に残して去ります。」

 僕は読んだ。

   1月18 二夕刊       2ペンス

      地下鉄帰り     1シリング8ペンス

      カフィ.ガンターズ   2シリング

僕が読んでいる時、彼は綿密に僕を監視していた。「カフィの場所は、僕が望んだ以上に高くつきました。」彼は言った、「しかしそれは注目されずに、僕が飲めた最少額でした。」

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2022年2月6日日曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳 

 「オウはい。座って下さい。煙草を嗜みますか?」

 「オウいいえ、サー。」彼は言った。「職務中は厳禁―勿論、潜伏目的を除いて。」

 「しかし今は職務中じゃないでしょう?」

 「一応マナーで、サー、はい。私の報告書を作る30分間、私は丁度交代させられたところです。サヴィッジ氏は貴方がどれだけそれを好もうと週決めで―経費を含むと言いました。

 「何か報告することがありますか?」僕が感じたのは落胆だったか、或いは興奮だったかどうか、僕には定かではなかった。

 「それはまるっきり白紙の紙ではありません、サー。」彼は悦に入って言い、桁外れの数の書類と封筒を、手頃なものを探して彼のポキットゥから取り出した。

 「どうか座って下さい。貴方は僕を不安にする。」

 「尤もです、サー。」座りながら、彼は僕を更に近くでちらりと見た。「私は以前貴方に何処かで会いましたか、サー?」

 僕は封筒から最初の一枚を取り出した。それは男子生徒のものであるかのような非常にきちんとした筆跡で書かれた経費請求書だった。僕は言った。貴方はとても奇麗に書きますね。」

 「それは僕の若い者です。僕は彼を実地で訓練しているところです。」彼は慌てて付け加え、「僕は彼のために一切要求しません、サー、今のように、私が彼を料金に委ねなければ。」

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2022年2月5日土曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 ルールズでのサラーとの昼食後一週間、僕はどんな仕事も全く手につかなかった。そこでそれは再び動く―僕は、僕は、僕は、まるでこれが僕の物語であるかのように、サラーや、ヘンリ、そして勿論、僕が未だ彼を知ることも、ましてや彼を信じることさえなく遠ざけている、第三者ではなく。

 僕は朝の内に仕事をしょうとして、しくじって来た。僕は、昼食と一緒に酒を飲み過ぎて、午後は無為にした。暗くなってから、僕は明りを消して窓辺に立ち、完全に暗い共有地の向こうに、明りの点いた北側の窓が見えた。それはそれは寒くて、もし僕が近くで体を丸めて、その時それが焦げようと、僕のガスの炎だけは僕を暖めた。僅かな雪の薄片が、南側のラムプの向こうで舞い、厚く湿った指で窓ガラスに触れた。僕はベルが鳴っているのに聞こえなかった。僕の女主人は、ドアをノックして言った。「貴方に会うためにパーキスさんて方が、」

文法に適った冠詞によって、このように僕の訪問者の社会的地位を仄めかしながら。僕はその名前を聞いたことがなかったが、彼を中に案内するよう彼女に話した。

 僕はその穏やかで申し訳なさそうな目、その天候次第で湿気る長い時代遅れの口髭を前に何処かで見たことがあった。 

僕の読書のラムプを僕が点けただけで、近‐視のように目を凝らしながら、彼はその方へ近寄った。

彼は言った。「ペンドゥリクスさん、サー?」

 「はい。」

 彼は言った。「名前は、パーキスです。」それが僕に何か意味でもあるかのように。彼は付け足した。「サヴィッジ氏の部下です、サー。」

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2022年2月4日金曜日

The End of the Affair/Graham Grrene 成田悦子訳

 僕たちの恋は、小さい生き物が罠にかかり、死に向かって血を流しているようで、僕は目を閉じ、その首を力を籠めて捩じらなければならなかった。

 その内僕は何時も働けなくなった。小説家の書くことの大半は、僕が言って来たように、無意識に席を選ぶ。それらの最初の言葉が紙の上に現れる前、それらの深さで最後の言葉が書かれる。僕たちは僕たちの物語の詳細を覚えていて、僕たちはそれらをでっち上げはしない。戦争はそうした深い海の‐洞窟を悩ませなかったが、今は戦争より、僕の小説―恋の終わりより、遥かに大きく何か重要なことがあった。それは、物語のように、今徹底的に働かされることだった。彼女を嘆かせる的を射た言葉、彼女の唇にどこまでも自発的に生じたかのように見える、が、その水底の大洞窟で研ぎ澄まされていた。僕の小説はのろのろ歩き、しかし僕の恋は、霊感のように終わりに向かって急いだ。

 彼女が僕の最後の本は好きじゃなかったと言っても、僕は驚かない。それは何時も意に反して、救いもなく、人は生きて行くしかないということ以外に、どんな理由もなく書かれた。批評家らは、それは技術者の仕事だと言った。何らかの情熱はあったんだというのが、僕に残された全てだった。おそらく次の小説と一緒に、情熱も甦るに違いなく、興奮は、何か人が意識的に知らずに済ませた記憶を再び呼び覚まそうとするだろう。

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2022年2月3日木曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 爆弾は真っ先にそうした昼間を急襲して、1944のヴィスは、彼ら自身好都合な夜の習慣に従った。しかしかなりの頻度で、僕がサラーに会えるのは、午前中だけだった。何故なら午後には、彼女たちの買い物を終えた、誰か、友達から全く手に入れたことがなく、夕方のサイレンの前に、仲間と噂話を欲しがった。時に彼女は二列の間に割り込み、僕たちは青物-食料雑貨店主や肉屋の主人に挟まれて恋をしようとした。

 しかしそんな状況下でも、仕事に戻るのは全く簡単だった。人は幸せである限り、人はどのような鍛錬にも耐えられる。仕事の習慣をすっかり止めるのは、不幸だった。僕たちがどれだけ頻繁に口論したか、僕がどれだけ頻繁に神経質な苛立ちで、彼女をいびったか、僕が悟り始めた時、僕たちの恋が運命付けられていると気付いた。恋は、始まりと終わりを持った恋の‐出来事へと変質してしまった。それが始まったまさにその瞬間を僕は示すことができた。とうとう或る日、最後の時を僕が指図できるとしたらそうすべきだと僕は知った。僕は互いに対して何を言ってしまったか再現しようとした。僕は怒り、或いは自責の念へと僕自身を煽り立てた。そして常に僕がペイスを強いていたと分かった。僕は僕の暮らしの外で愛すといことだけ押し進め、尚も押し進めていた。僕が恋は続くということを信じ‐させられたら、僕は幸せだった。僕は、一緒に暮らすことさえ構わなかったし、そうすれば恋は続いたのに、と僕は思う。しかし、もし恋が滅びるしかなかったら、僕は急いでそれを滅ぼしたかった。

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2022年2月2日水曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 Ⅵ

若い人がその信じる仕事の習性を築き上げる時、一生持続し、どのような破局にも耐えようとする。二十年に亘り、一週間に五日間、およそ一日平均五百語になった。僕は一年で一つの小説を産み出せる。そしてそれは、校正やタイプ原稿の訂正時間をも念頭に入れてのことだ。僕は何時も非常に几帳面で、僕の仕事の割り当てが終われば、場面の最中であってさえ、僕は打ち切る。今もあの頃も何時だって、朝の仕事中、僕は僕が何をしたか、僕の原稿の上の数百の印を外して数える。印刷所は念入りな僕の仕事の概算ペイジ数を整える必要はなく、僕のタイプ原稿の頁の最前列に数字を書き込んである―83,764と。僕が若かった頃、恋愛沙汰さえ、僕のシェデュールを変えようとはしなかった。恋愛沙汰は昼食後、そしてどんなに遅くても、僕はベッドゥに向かう状態であればよしとした―僕が僕自身のベッドゥで眠る限り―僕は朝の仕事をもう一度読み、その上で眠ろうとした。戦争でさえ、僕に影響を及ぼすのは難しかった。不具な脚は、僕を陸軍から締め出し、僕が民間防衛にいた時、僕は職務の静かな朝の当番を望んだことがなく、僕の同僚の労働者たちは只々大喜びした。

僕は結果として、熱心故の全く上辺だけの名声を手に入れた。それでも、僕の机、一枚の紙、そのペンから、ゆっくりと、几帳面に滴るばかりの割り当て分の仕事に向かうと、ひたすら熱中した。僕の自らに‐課した鍛錬を滅茶苦茶にするには、サラーを必要とした。

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2022年2月1日火曜日

The End of the Affair/Graham Greene 成田悦子訳

 僕は歩道に立ち止まり言った。「貴女はストゥランドゥに行くつもりでしょ?」

 「いえ、レスター・スクェアへ。」

 「僕はストゥランドゥへ行くつもり。」彼女は出入口の中に立っていた。通りは閑散としていた。「僕は、ここでグッドゥ‐バイを言おう。貴女に会えて良かった。」

 「そう。」

  「貴女が都合がよければ、何時でも僕に電話して。」

 僕は彼女の方へ動いた。僕の足下に格子(排水口)の感触があった。「サラー」僕は言った。彼女は彼女の頭を、鋭敏にあちらへ向けた。例えば誰かが来れば見るために、例えばそこに時刻があれば見るために、彼女は確かめているかのようだった・・・しかし彼女がもう一度曲げた時、咳が彼女を襲った。彼女は出入口の中で、体を二つに折り曲げ、咳き込みそして咳き込んだ。彼女の目は、それに連れ赤くなった。彼女の毛皮のコウトゥに包まれ、彼女は窮地に追い詰められた小さな動物のように見えた。

 「気の毒だね。」

 僕は酷にも言った。まるで僕が何かを奪われて来たかのように。「それじゃあ、付き添わなきゃいけないね。」

 「そんな、只の咳よ。」彼女は彼女の手を差し伸べて言った。「グッドゥ‐バイ―モーリス。」その名前は辱めのようだった。僕は「グッドゥ‐バイ。」と言いはしたが、彼女の手を取らなかった。僕は脇目も振らず、急いでいる印象を与えようとして、大急ぎで歩いて離れた。そしていなくなるとほっとした。

それから僕がもう一度咳が始まるのを聞いた時、僕は節を、何かしら陽気で、冒険的で、幸せそうな、口笛で吹けたらと願った。それにもかかわらず、僕は音楽を求める耳さえ、持ち合わせなかった。

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