2019年2月17日日曜日

憲仁親王妃高円宮久子、旧姓鳥取久子は、五木寛之である。

憲仁親王妃高円宮久子、旧姓鳥取久子は、五木寛之である。
五木寛之は、宮内庁の予算で暮らしている。
五木寛之の出版は、宮内庁の予算で、賄われている。
高円宮久子に子供は産めない。
子は勿論、死んだ事になっている夫憲仁親王も、皇室とは無縁である。

宮内庁をカットしなければならない。
皇室予算が、俳優、歌手、作家、スポーツ選手などの収入源になっているので、
文学、芸能、文化全般、スポーツ全般が、不振に陥るのは、当然だ。

ティアラは、公開写真では四つ。
一つが安くて三千万円。
高円宮久子が着けているものは、四、五千万円はする。
まるで、皇后陛下気取り。
フランス語はおろか英語も話せない、翻訳など出来もしない女装趣味のお爺さん。

以下の経歴は、両者共すべて詐称。

作家・五木寛之

1932年福岡県生まれ
生後間もなく朝鮮に渡り、47年に引き揚げ
52年早稲田大学露文科入学、57年中
PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て
66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞
67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞
76年『青春の門 筑豊編』ほかで吉川英治文学賞を受賞
英文版『TARIKI』は2001年度「BOOK OF THE YEAR」(スピリチュアル部門)
2002年に菊池寛賞を受賞
2010年に刊行された『親鸞』で毎日出版文化賞を受賞。

憲仁親王妃久子(1953年〈昭和28年〉7月10日 - )
鳥取久子(旧姓)

1953年(昭和28年)7月10日、三井物産フランス社長など商社役員を歴任した鳥取滋治郎・二三子夫妻の長女として誕生。
鳥取家は香川県三豊郡笠田村(現・三豊市)の旧家の家柄。
聖心女子学院初等科・中等科を卒業
父のイギリス転勤のため渡英
ケンブリッジ大学ガートン・カレッジで中国学・人類学・考古学を学び、1975年(昭和50年)に卒業
日本に帰国し翻訳会社勤務。
再度、法律を学ぶために渡英、1982年(昭和57年)に帰国、称号(名誉学位)として名誉法学博士(アルバータ大学、プリンスエドワードアイランド大学)。







12:16 2019/02/17日